短編集

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好き……。

たしかに、フルーツケーキは好きだよ。

だけど、何で、あの会話の流れから、か、か…………。



ふ、不埒だ。



火神くんとは友達、……なんだよね。

なのに、何でそれ以上を求めてしまうんだろう。



また、赤司様のような関係になるのは嫌だ。

貪欲になっちゃいけないのに、彼の優しさに溺れてしまう。

彼の優しさが自分だけに向いてくれればいいと思ってしまう。

なんて、最低な人間なんだろう。

人の親切につけこんで……。

こんなだから、私は…………。



「名前?」

「……か、がみくん」

「また、変な顔してたぞ。なんかあったら、言えっつてんだろ」

「ん……。ありがとう」
 

ケーキバイキングの時間が終了し、散歩がてらストバスのコートに来た私達。

人っ子一人いなかった空間に、誰かが忘れていったであろう茶色いボールは酷く寂しげで。

少し前の誰かを彷彿させた。

ベンチに座ってぼーっとしていた私に、火神くんは自動販売機で買ってきたであろうココアをくれる。

温かいそれは決して人の体温ではないのに、なぜか、私を酷く安堵させた。

多分、それは掌から伝わる温もりのせいだけじゃないんだろう。
 


隣に座った火神くんの真っ直ぐな眼差しが、酷く嬉しくて。

それを私は独り占めしている。

嬉しい、申し訳ない、このままじゃいけない、このままずっと続けばいいのに……。


「はぁ……」
 


そんなことを考えていたのがバレてしまったのか……。

後ろめたさから、彼のため息に過剰に反応してしまう。

彼の緋い瞳に私が映る。


呆れられた?

嫌われた?

拒まれる?
 

彼の口が開く。

嫌だ。


呆れないで。

嫌わないで。

拒まないで。
 


ずっと昔の出来事が頭を埋め尽くす。

冷たい瞳の赤司様。好奇心の塊の人々。

兄として敬愛してやまなかった彼からの、言の刃。

見えない心が血を流した。

見えないからこそ、治す術がなかった。

血を流して、膿んで、かさぶたになる前に、また、刃に抉られて。

もし、可視化できるのならば、どれほどに醜かったのだろう。

ただ、不可視ということだけが、せめてもの救いだった。



苦しかった。

兄に呆れられるのが。


恐かった。

兄に嫌われるのが。


辛かった。

兄に拒まれるのが。


愛されたかっただけなのに。


私を認めてほしかっただけだったのに。



誰でもない、兄である、唯一無二の特別な存在である、赤司征十郎に。



それを望んではいけなかったのか。

それはたいそれたことだったのか。

今となっては、もう、遅すぎること。
 


火神くんも、私のことを……。



「1on1しようぜ」

「……ぇ?」
 

だけど、空気を震わせたのは、予想だにしない言の葉で。

彼は、いつかの笑顔を私に向けてくれていた。



あぁ、違うじゃないか。

彼は、赤司様じゃない。


彼は火神大我。



兄じゃない。

どうして、彼と兄を重ねて見てしまっているのか。

最低じゃないか。

彼はこんなにも真っ直ぐで、優しくて。

支えてくれたじゃないか。

目の前にいなくても。彼の紡いだ言の葉は。

電子でつながった関係は、確かに無味じゃなかった。

砂糖菓子のように甘くて、溶けてしまうのがもったいなくて。

だから、また、言の葉を紡いで。会いたいと思った。

また、その温かくて、大きくて、優しい掌で私の頭を撫でてほしいと思った。

以前の失敗の時のように、貪欲になってしまうほどに。

自分を戒めてしまうのを忘れてしまうほどに、彼とのやり取りは楽しかった。

彼の存在に私は救われていた。

なのに、私は彼の顔色を伺うばかりで。

何一つ、返せていないじゃないか。
 


体育は苦手じゃないけれど、特別上手いわけじゃない。ドリブルは人並み。

シュートは素人に毛が生えた程度。

部活をやってる彼の足元には背伸びをしても届かないだろう。

決して、彼を満足させることはできない。

だけど、彼に何かを返したかった。

顔色を伺ってばかりじゃダメなんじゃないだろうか。

多くを望みすぎてもいけないけれど。

このくらいは少しの時間ぐらい、彼と共にいることぐらいは望ませてほしい。

そして、彼が望むのなら、彼の大好きなバスケの時間を、彼と共に。


「私でよければ」
 

ねぇ、私は笑えているかな、火神くん。
 




あなたが見せる、とびっきりの楽しそうな笑顔から察するに、そうなのだと信じよう。

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