短編集
□Give me sweets.
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秋田にある陽泉高校では一般的な高校とはハロウィンを行事として扱っている。
生徒達は仮装を許され、お菓子の交換をしあうことができるのだ。
しかし、授業は通常通り。
そのことに不満を抱く生徒も少なくはないが、文化祭には劣るとはいえ学生時代の思い出として記憶に残るイベントを思う存分楽しんでいるものがほとんどであった。
中には既に終わった文化祭で告白できずに終わった者の救済イベントとしても有名で、仮装した新カップルができるのも珍しくはない。
そんなはしゃぐクラスメイトに囲まれながらも、一人通常運転で1日を過ごそうとしている者もいた。
仮装もせず、お菓子の交換もせず、また悪戯もさせず、きちんと制服をきこなし浮かれることなく淡々と読書をしている女子生徒が一人。
「苗字さん!Trick or Treat!!」
「はい?いい度胸ですね?」
「すみませんでした!」
浮かれたクラスメイトの一人である、狼男に仮装した男子生徒にお決まり文句を言われても、にっこり笑うこともなく真顔で尋ね返す女子生徒に、彼は深く頭を下げ友人が集まっているスペースへと逃げ帰った。
それを見届けることなく、彼女の視線は書面へと移る。
浮かれ気味のクラスの中でただ一人浮いている彼女を遠巻きに見やるクラスメイト達は登校直後、同じ部活である陽泉の菓子限定で進撃する巨人に絡まれ、キレていた彼女を思い出し、彼女にお決まり文句を言わないことを肝に銘じた。
元々、こういった催し物が好きではないだけのこと。
彼女はハロウィンに関しない話題にはいつものように応じていた。
そして、放課後。
彼女はマネージャーとして所属するバスケ部が活動する体育館へと、いつもの荷物に加え、普段はない二つの紙袋を持って行った。
「お菓子!!」
目敏く気づいたのは陽泉の菓子限定で進撃する巨人。
朝一番に断られ、キレられたことも忘れたように、彼は彼女に近づいた。
「……たくさん頂いたのではないのですか?紫原君」
「えー、いいじゃん。ちょーだい」
「先輩方からです。その後お渡しします」
「はやくー」
ちらりと見せられた、丁寧にラッピングされたクッキーや飴ではなく、和菓子。
珍しい形をしたそれに興味津々のそれらに菓子限定で進撃する巨人、紫原は先輩であるはずの三年、二年生を急かした。
それぞれ礼を言ったり、感嘆したりする中、一人だけその胸中に湧きでた疑問を差し入れをしてくれたマネージャーにぶつけた。
「なんで、ワシだけバナナ型!?ハロウィン関係ないんじゃ……」
「バナナはおやつですよ。主将」
「そうだぜ、岡村。苗字に礼言っとけよ。俺は可愛い系のなまはげ型だったぜ」
「俺はキョンシー型だったけど、福井さんの言う通りアル」
「クオリティー高いのぉ!?なんで、ワシだけ……」
主将である岡村の言う通り、彼女が渡す和菓子はどれもこれもクオリティが高いものであった。
本日の仮装では見なかった、マイナーな日本の妖怪を模ったものが多く、中には一般的な白い幽霊やジャック・オ・ランターンもあり、視覚的にも部員達を楽しませるものが多い。
岡村にいたっては持ってきた苗字自身も意図的なものだったようで、福井や同学年である劉のやりとりを見て笑いを堪えていた。
「てゆーか、マジすげー。これ全部苗字サンの手作り?」
「えぇ。作る側として楽しませていただきました。和菓子ですので、お早めにお召し上がりください」
後半の彼女の台詞は既に受け取り終わった紫原以外の部員向けて放った言葉。
しかし、それ以上に彼らを驚かせたのはこれら全てを彼女が作ったということ。
決して少なくはない部員分を、これほど高精度のものを作ることにはどれだけの時間と手間がかかったのか。
休み明けのハロウィンであったとは言え、昨日も部活があって、彼女もマネージャーとして貢献してくれた。
そう考えた部員達は彼女なりの気遣いに目元を綻ばせる。
三年生にまで伝わってきた苗字のハロウィン不参加。
クラスメイトよりも部員を優先してくれたことに対し、僅かな罪悪感を抱きながらも、部員達は彼女からの好意を素直に受け取っていた。
「うまっ!マジでうまい!」
「ありがとうございます。そう言っていただけると作った甲斐がありますが、部活前ですよ」
早速もらったトトロ型の和菓子を口に放り込んだ紫原を苦笑しながらも注意する苗字。それに対して悪びれることなく、彼はもう一つ袋に残っていた分を手に取る。
「まだ残ってたんだー。雅子ちんの?」
「いえ、監督には既にお渡ししています。それは」
「なら、もっらいー」
一口で吸い込まれたコウモリの形をした和菓子。
それをもらうはずだった人物の名を出す前に、それは紫原の胃の中に収まった。
「おいしかったー」
満足げな紫原とは対照的に顔を青ざめさせたのは劉であった。
残り一つ、コウモリ型。
それらから推測された人物。
そんな後輩の様子から、既に紫原が食べた和菓子をもらうはずだった部員を推測した岡村と福井。
彼らは顔を青ざめることはなかったが、頬を引きつらせていた。
目の前で起きた出来事に、言葉もなくショックを受けた苗字に声をかけたのは恐る恐るといった体の同学年である劉であった。
「苗字。もしかして、それ、ひ」
「遅れてすみません」
「…………」
彼が言い終わる前に現れたのは両手にお菓子がたくさん入った袋を抱えた陽泉バスケ部のダブルエースの一人、帰国子女の氷室辰也だった。
彼の登場に重くなった空気。
それは彼の分が既にないということと、今にも零れ落ちそうなほどの一目で手作りだと分かるお菓子の数々が原因であった。
また、氷室の後ろ、体育館の外では吸血鬼に仮装した色気が漂う彼を写メる女子生徒の山ができている。
「何かあったのか?敦」
様々な理由で固まっている部員達を疑問に思った氷室は親しい紫原に声をかけた。
しかし、その瞳は部員達の手にある、ラッピングされた和菓子を捉えている。
そして、マネージャーであり、想い人である苗字名前の手にぶらさがる紙袋を。
「苗字サンがお菓子くれたんだ」
「へぇ、そうなんだ。誰にもあげてないって聞いてたからもらえないと思ってたんだけど……。名前、俺にもくれないか?」
氷室の微笑みに女子生徒達の悲鳴が聞こえたが、それに動じることなく苗字はただ一言。
「氷室君の分“は”ありませんよ」
「……なんで?」
紙袋を覗けば、既に何もない。
彼女の隣にいた劉に視線を向けるも、氷室の鋭い眼光に慄き、2m越えの長身であるというのに明らかに彼よりも小柄な苗字の背に隠れる。
「あ、あれ、室ちんの分だったんだー」
「What?詳しく教えろ、敦」
「んー、さっき俺が食べたやつ」
「敦。体育館裏来いよ」
「室ちん、顔恐いよー」
「Shut up」
明らかな身長差があるというのに、氷室は後輩の胸倉を掴んで、罪悪感の欠片もない紫原を睨みつけていた。
想い人の手作りの菓子。
それは氷室にとっては床に落とした、他の女子生徒達からもらったたくさんの菓子以上に貴重で、心から欲するものであった。
「まだ足りないのですか?他の方からこれほど頂いていらっしゃるのに」
怒りで後輩に掴みかかっている氷室の鼓膜を揺らしたのは、想い人の呆れた声。
振り返った彼の瞳には苗字が散らばった様々な菓子を彼の袋に直している姿だった。
「主将、ちょっと名前を借りていきますね」
「…………」
有無を言わさぬ気迫で氷室は苗字の腕を掴み、菓子を床に落としたまま部室へと連れて行った。
彼女の抵抗など歯牙にもかけられず、部室に押し込まれる。
彼女の鼓膜を震わせたのは部室の鍵が閉められる音。
「Give me sweets.」
明かりがついていないせいで薄暗い部室内。
ロッカーに押し付けられた背中から無機質な冷たさを感じる苗字は耳元でお決まりの文句を囁かれた。
息がかかるほどの近い異性の存在に、反射的に目の前の胸板を押すも、びくともしない。むしろ、密着を余儀なくされる。
「生憎ですが、お菓子は持ってませんので、退いてください」
普段とは異なる状況下での普段と変わらない苗字の声色。
密室で二人きり、しかも自分の腕の中にいるのに危機感を感じない彼女に氷室は再び囁いた。
「If you do not give sweets to me, I just take it away by force.」
「っ……!?今は本当に何もありません。明日、店のものを持ってきますので、満足してください!!それよりも、早く離していただけませんか!」
氷室の言葉にやっと危機感を覚えた苗字は慌てて、彼の腕の中で暴れるも、時既に遅し。
「Kidding.もっと甘そうなのがあるよね。ここに」
苗字が最後に見たのは恍惚とした表情の氷室であった。
11月1日。
「……苗字、大丈夫アルか?」
「劉君。……致してはいませんから、そのような同情に満ちた眼差しは止めていただけないでしょうか?」
「……説得力ねーぞ」
「どうして助けてくださらなかったのですか?福井先輩」
「触らぬ氷室に祟り無しなんじゃ。すまんかったな、苗字」
「……もとはといえば、紫原君が」
「だって、うまかったから……」
「皆で何をしてるんだい?」
朝練の途中、首にストールを巻いた苗字を囲んでいたメンバー。
その中に割って入ったのは彼女がストールを巻かなければいけない要因を作った男。
「2月は期待してるからね、名前」
にっこりと笑う氷室に、顔を青ざめさせる苗字。
「あぁ、期待しちゃった?チョコが欲しかったんだけど、名前自身でも俺は構わないから」
candy shower
参加させていただきました素敵企画様です