短編集

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「雑草になりたい……」

「…………」
 

深刻そうな表情で、部室のベンチに項垂れているのは最近、中学バスケ界において超強豪校と謳われる帝光中男子バスケットボール部の主将に就任した赤司征十郎であった。

その隣には彼と親しい緑間真太郎が呆れた表情で、赤い頭を見下ろしている。

彼らの周りには他の部員もいるのだが、主将に関わって面倒ごとになるのを恐れ、声をかける勇者はいなかった。


「……速く着替えろ」

「……雑草になって名前から見つめられたい。名前に触れられたい。名前に」

「いい加減にしろ。お前は雑草ではない。現実を見ろ」

「いいじゃないか。せめて今だけは夢を見させろ」

「それは夢ではなく妄想だ」
 

いつものような冷静さを欠いた様子の赤司に緑間は溜め息を禁じえなかった。

自分よりも優れている男をこのような状態に追い込める者は彼にとって1人しかいない。

赤司征十郎の双子の妹である赤司名前。

いろんな意味で有名な赤司征十郎だが、その妹もいろんな意味で有名であった。

前者は超人、後者は変人という意味で。

現に、別の意味で変人と評される緑間だけでなく、同じクラスである紫原や女の扱いに長けていると自負する黄瀬、また、部でも一、二位を争うほど紳士的な黒子でさえも苦手だと言わしめる存在でもある。


「緑間。どうやったら、名前と兄妹らしい会話ができるのだろうか」

「無理だ、諦めろ。そして、速く着替えて部活に出ろ」
 


赤司名前は、赤司征十郎と同じ日に、同じ母胎から生まれた彼女は、兄とは髪と瞳の色以外は全く異なっていた。

その理由は、友人と呼べる存在がおらず、無口で、無愛想で、常に一人を好み、放課後一人で校内の草むしりをするということ。

ボランティア行動と言えば聞こえはいいだろう。

しかし、掃き掃除をするでもなく、拭き掃除をするでもなく、彼女は毎日毎日草むしりを繰り返していた。

また、黒子曰く超内向的性格のため、今のクラスでも、教師や同級生との会話は事務的なものしか行われない。

それは赤司家の人間や使用人も同様であった。

そのことに、酷く苦痛を感じていたのは、赤司名前本人ではなく、彼女の兄、赤司征十郎であった。



「そもそも何で、あんなとっつきにくい性格してんだよ。赤司の妹は」
 

彼らの様子を見守る一軍レギュラー達も、緑間のように苦々しい表情を浮かべている。

そんな微妙な雰囲気の中声を上げたのはバスケ部のエース青峰であった。


「素直になれないだけだ。俗に言うツンデレだ」
 

デレたことねぇよ、と賢い一軍レギュラーは胸の内で呟いた。

が、約一名、いや、一匹の馬鹿はその言葉を口にした。


「デレ見たことないんスけど」

「お前みたいな歩く18禁に見せるわけないだろう。名前の半径10km圏内に入るな、駄犬が」

「ひ、ひどっ!黒子っちー」

「黄瀬君、うざいです」
 

モデルをしていることで校内でも有名な黄瀬が赤司征十郎からの言葉の暴力を受け、同じレギュラーメンバーである黒子に癒しを求めたが、冷めた視線と言葉を授かっただけだった。


「……皆して、酷いっスよ」

「彼女の性格は内向的すぎませんか?」
 

部室の隅で一人すすり泣く黄瀬を足蹴にしながら、いつもは表情が乏しい黒子は困ったように眉根を寄せていた。

客観的に評することの多い黒子の言葉に赤司はただただ、妹を擁護する。


「昔から人見知りの激しい子なんだよ」

「いやー、それにしても変でしょ」

「名前のどこが変だと言うんだ!俺の可愛い可愛い名前がおかしいわけないだろう?ただ人見知りが普通よりも少しばかり激しいだけで、入学当初から学年5位をキープしているんだぞ!しかも、放課後は部活に入ることもせずに、奉仕活動として校内の草むしりに励んでいる。あのもみじのような手で、あの白い手を汚しながらも誰かのために尽くそうとしてる。健気すぎる」
 

校内随一の身長を持つ紫原の発言に赤司は熱くなるも、周りからの視線はより冷めていった。

中には溜め息をつく者も。


「それを本人に言ってみろと前から言っているだろう」
 

その溜め息をついた者の中の一人である緑間は普段は決して赤司に向けることのない呆れた視線を投げかける。

何度目か分からないやり取りに、黒子でさえも溜め息をつき、未だにうずくまって着替えていない黄瀬を蹴って、急かした。


「兄としてはもっと頑張って欲しいんだ。名前なら、できる。あの子は俺の目に入れても痛くない、大事な大事な妹なんだ。だからこそ、草むしりなんて真似はやめてほしい。社会に奉仕したいという優しい子だということを知っている。だけど、あの柔肌を土や草で汚したり、怪我をしてしまうのではないかと考えると、胸が痛くて、ついつい冷たい態度を取ってしまう。家でも、事務的なことしか話さないし、食事もサプリメントや栄養食品でしか取らないんだ。俺は一緒に食事を取りたいのに!一緒にお風呂だって入りたいのに!」

「黙れ、変態」

「黙れ、緑間。お前だって妹がいるだろう?一緒に食事を取りたいだろう?」

「都合が合う限り、妹とは食事を取るが、風呂には入ろうとは思わん」

「裏切りもの!!」

「黙れ、変態」

「なんで、なんで……、兄と呼ばれることも、兄として接してくれることもなくなってしまったんだ…………」
 

変態発言をするも、うなだれるその姿は黄瀬以上に様になっていた。

しかし、赤司の発言に青峰が反応する。


「あいつがお前を兄扱いしてたのか?」

「もちろんだ!!あれは幼稚園の頃だったな。いつもいつも俺の後をついてきては、せいにぃって笑顔で呼んでくれて……。あぁ、あの頃が懐かしい。いや、今も名前は可愛い。可憐で、愛らしくて」

「想像できねぇんだけど」

「僕もです。あの人が笑うなんて……」

「誰がお前らに見せてたまるか!名前の笑顔は俺だけのものだ!」

「どうせ、いつかは結婚するんでしょ?」

「させるわけがないだろう!俺の妖精よりも、天使よりも、天女よりも可愛いくて美しい名前をどこの馬の骨とも知れない男などに渡すなんて。ずっと、赤司の家に留まらせるつもりだ。そのために、今までも手はうってきた。だからこそ、名前は男と仲良くしていないだろう?」

「うわー、ないっスよ。それ」

「黙れ、黄瀬」

「…………」

「黄瀬君に同意するわけではありませんが、あまり束縛してはいけませんよ。過保護の域を超えていますし、何より、赤司君のその態度が今のあの人の極度の内向的な性格に影響しているのではないですか?」

「……いや、俺は兄として」

「兄扱いされてないだろう?」

「…………じゃぁ、どうしろと!?どう声をかけても、他人行儀で、自分を傷つけるようなことばかり言って、いつだって申し訳ありませんに始まり、申し訳ありませんに終わって、あの慎ましい胸にある感情をぶつけてくれない名前にどう接しろと?視線が合えばいい方だぞ!!今日はおは朝が一位だったらしくて、一瞬目が合ったがな」

「さすがおは朝なのだよ」

「いや、一瞬って嫌われてんじゃねぇの」
 

白熱する赤司名前に関するトークが青峰の爆弾発言投下により、一瞬で凍結した。

話題の発端である赤司征十郎は未だに制服のままで蒼白の面持ちだ。

ベンチに座りうなだれて、小さくぶつぶつ唱える様子は、何かに取り付かれているようだった。


「お、俺が、この赤司征十郎が、愛しい名前にき、き、ききききききききききききききき……いや、無い。あくまで、あれは青峰の一個人としての意見だ。名前はそんなことちっとも、一片たりとも、全く思っていないだろう。なんせ、俺達はこの世界で唯一無二の兄妹なんだ。互いに愛し合っている。そうだ、そのはずだ。名前が俺を嫌うなんてありえないだろう。そうだろう、赤司征十郎。俺は理想の兄である。今は、思春期だからしょうがない。いずれ、昔のように一緒に風呂に入ってくれる。そうだ。一緒に風呂に入るんだ」
 

静かな部室では赤司の言葉が反響して、他のメンバーの耳に入っていった。

彼らは赤司に関わることなく、いそいそと準備を済ませ、部室を出た。

その後、1時間ほどして、赤司征十郎は部室から出てきたらしい。

無駄に自信に満ちた顔をして。


「明日は名前のクラスで調理実習があるから、きっと俺のために作ってくれる!」
 

いや、無理だろ。

その思いを胸に秘め、部員達は練習に励んだ。

 



翌日の部活動時間。


「…………」

「赤司っちー、マフィンもらえたっスか?」
 

両手にマフィンが入った袋を抱えながら、黄瀬が部室にやってきた。

しかし、晴れ晴れとした彼の表情は一瞬で硬いものへと変わる。

黄色の瞳に映ったのは、部室のベンチで体育座りをし、頭を抱えて、何かを呟いている主将の姿だった。


「ど、どうしたんスか?黒子っち」

「もらえなかったみたいです」

「ずっとクラスで待ってたんだとよ」

「日頃の接し方が悪いのに、貰えるはずがないのだよ」

「あららー、そーなの?でも、赤ちんの妹、授業中に食べずに持ち帰ってたよー」

「何!?本当か!!?」
 

黄瀬の後に入ってきた紫原の言葉に食いついたのは言わずもがな、赤司であった。

瞬間移動でもしたのかと疑ってしまうほどの速さで、彼は紫原に近づき、巨体の首にあるネクタイをその手に収めている。

突然の出来事に紫原は返答することが出来ず、手に持っていた10円のちくわ状のスナック駄菓子を落とした。


「そうっスよー」

「黙れ、歩く18禁」

「俺の扱い……」
 

級友の代わりにと答えたのは黄瀬であったが、安定の扱いで、答えてやったにも関わらず、鋭い眼光で射抜かれた。


「そうか。あぁ、名前の手料理はこの世のものとは思えないほど美味だから、部活の褒美ということだな。早とちりをしてしまった。優しい名前が、愛しの名前が俺を蔑ろにするはずもない。きっと学校では恥ずかしいから、自宅で渡してくれるんだろうな。楽しみだなぁ!よし、今日はメニューを3倍に増やそう」
 

先ほどの冥い表情とは一変して、この世で一番の幸福者だオーラを発している赤司の発言を聞き流していた部員達は最後の一言に身体を震わせた。


「あ、赤司?なんで、3倍なんだ?」

「あぁ、少なすぎたな。家に変えれば名前のマフィンが待っているんだから、もう少し増やそう」

「赤司君。そういう意味では……」

「今日はメニューを5倍にしようか」
 

そう言った赤司の表情は爽やかで、彼以外の表情は暗いものだったことに、超強豪校バスケ部の主将は気づくことができなかった。



傲岸不遜なお兄様!
参加させていだたきました素敵企画様です。

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