とある独善主義者の独白

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翌週、最寄のコートとは別の賭け試合へと向かった。

これであの女に会うこともないだろう。

そう安心して、俺は自分の快楽のために動いた。


相手の打ちひしがれる姿が好きだ。

俺の圧倒的な力で屈服させるのが好きだ。

賭け金はいらないと、偽善的な温情の言葉でより惨めな気分にさせるのが好きだ。


それでも、無理やり渡してくる場合は受け取ることにしている。

また、今度やるときの賭け金にすると言って。

そのときの絶望した表情が特に好きだ。


まぁ、どうせ、もうコートに来ることなんてないのだけれど。

それほどの大金だから。

賭けているモノのは。

家族がいるやつもいるってのに。

笑えてくる。


「ちょっと、いいか?」
 

路地裏を抜けていけば、3人の男に行く手を塞がれた。


「……」

「お前、子供のくせに稼いでるんだろ?」

「お兄さん達に募金してくれよー」

「これでいい?」
 

ポケットから取り出した札を男達に向かって投げる。

束になっていないそれらは無論、宙に舞う。

その数は数十枚。男達は目の色を変えて、宙に舞うそれらを集める。


あぁ、滑稽だ。


まるで、えさを撒かれて、欲を満たす薄汚れた鳥のように。
 

俺はルートを変えて、路地裏を突き抜ける。

今度は人の気配を読みながら。

後をつけられていないかを確認しながら

。その後は、人ごみの中を掻き分けて、図書館で本を借りて、家に戻る。

休日にまで、図書館に行く、いかにも優等生であるかのように。
 

帰れば、優等生である俺を誉める義母や尊敬する弟達。

後ろめたさを感じながら、家事を手伝ったり、弟達に勉強を教える。

よい兄であるために。よい長男であるために。










「兄ちゃん!今日、あっちのほうで美味しいソフトクリームの屋台がくるんだって」

「ほんっと、お菓子好きだよね」

「食いモン全部だよ?」

「……なら、少しバスケをしてから食べようか。せっかくボールも持ってきたんだから」
 

末弟の見舞いを終えて、弟二人を連れてやってきたのは、治安のいい地域のストリートバスケのコート。

近所の子供達に混ざってのゲームで、弟達の才能は輝く。

俺よりも背の伸びた一つ年下の弟のパワープレイ。

俺より二つ年下の義弟のスピードプレイ。

共に、歓声を集める。

俺は見ているだけだ。

穢れてしまった俺のバスケを純粋な弟達に見せたくはないから。
 

今日は、一つ年下の弟のいるほうのチームが勝った。

二人で賭けをしていたらしく、弟は喜んでいたが、義弟は特に気にしていないようだった。

そこまで食に関心があるわけではない義弟のことだから、こうなることを予想していたんだろう。

俺も人のことはいえないが、子供らしくないな。

まだ、中二なのに。

中三である弟のほうが幼い。


……あぁ、そろそろ進級か。

一人は卒業だけど。

渡米して、6年になるな。
 

そう感慨深げに空を眺めれば、腹立たしいほどに快晴だった。
 









その日の夜、突然、父に帰国する旨を伝えられた。

仕事上の都合らしい。

弟は泣いたが、元々ポーカーフェイスな義弟は頷いただけだった。

俺は帰国という言葉を聞き、墓参りをしたいと思った。

そして、有り得ない言葉を聞いた。


「養子……?」

「あぁ。女の子だ。ちょうど、ゼロの一つ上で、ゼロと仲がいい」

「妹ができるの?」

「……家族ができる。お前達もきっと仲がよくなるよ」
 

そう言った父の言葉は落ち着いていて。

そう言った父の表情は初めて見たといっていいほど、慈愛に満ちていた。


「入院中のゼロの世話をしてくれた子だ。名前はレイ。明日、会わせよう」

「わかった」

「レイね。なんか、姉ちゃんに似てる名前だね」

「そう、だな」
 

メイとレイ。

音としてはe・i。

似ているという弟の発言にも頷ける。

それにしても、何故、このタイミングで養子を?


「お前達も楽しみにしていてくれ」
 

優しく微笑む父。

嬉泣きをする義母。

家族が増えることを純粋に喜ぶ弟。

戸惑う義弟。
 

俺は……、何故かガルシアのことを思い出していた。

 








末弟、ゼロがいる病院に向かった。

いつも向かう病室には、俺達が目を瞠るしかなかった人物がいた。


「……姉さん?」
 

いや、姉は死んだはずだ。

それに、今目の前にいる女の子は俺達よりも幼い。

それでも似ていた。

いや、似すぎていた。

俺達が愛する姉に。

亡くなった姉に。


「久しぶり」
 

そう微笑んだ彼女の表情はまさしく、姉のものだった。
 

訳を聞けば聞くほど、非現実的な姉の話に俺達は耳を傾けた。

それでも、姉が生きていたことが嬉しかった。

それが世間の全てを欺かなければならないものだったとしても。
 

その話を聞いて、また、ガルシアのことを思い出した。

罪悪感に溺れた女のことを。

このまま姉の生を知らずに、女は再び目に光を灯すのだろうか。

恐らく、姉は家族以外の人間を欺くだろう。

徹底主義者な姉だからこそ。
 


ガルシアは、俺が言わない限りずっと罪悪感から逃れられないでいる。

絶望の中で一人蹲っている。



その事実に興奮した。


一人の人間を支配しているような錯覚に。

一人の人間の人生を掌握しているような感覚に。
 

俺はガルシアに再会することなく日本に帰国した。

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