とある独善主義者の独白

□2
1ページ/1ページ



翌週、女はまたコートにいた。

誰かを待っているようだったが、俺は気にすることなく、暇をしている男に声をかける。

もちろん、賭けバスケの相手にするために。


「やっと、見つけた!」

「……何なんだよ、あんた」

「ちょっと、来い」

「は?」
 

めんどうなことになりそうだが、家までついてこられるのも困りものだ。

それだけ、この女の瞳には強い意志がみられたから。

どうせ、リベンジが何かだろ。

なら、とっととすませてほしい。
 

しかし、女は俺の手をひき、コートから離れた治安のいい地域のカフェに入った。

カフェというよりは、食堂だ。

しゃれっ気なんかない、清潔感だけあるシンプルな場所。


「飯でも奢ってくれんの?」

「あぁ、少し話がしたいんだ」

「援助交際なら、お断りだ」

「んな、わけねーだろ。私もお前みたいなガキはお断りだ」
 

適当な席に腰かけ、女はメニューを見せてくる。

けど、俺はそれを見ずに、ただ一言告げる。


「ブラック」

「……コーラとかじゃなくていいのかよ。てか、飯は?」

「いらない」

「ガキのくせに遠慮するなよ」

「外食は好まない」

「そうかよ……」
 

ガルシアは溜め息を一つ漏らし、店員を呼んで、ホットコーヒーとハンバーグセットを頼んでいた。


基本的に買い食いや外食は弟達と一緒。

普段は義母や義弟がつくる食事。

俺と弟は壊滅的に料理が下手だからだ。

末弟はまだ幼いからしょうがないが、作れる男に育ってほしい。

切実に。


それに、姉が既製品を好む人ではなかったから、どんなに疲れていても三食毎日作ってくれていたから、家族の手料理が好きなんだと思う。


「……お前、メイ=シロガネって知ってるか?」

「だったら、何だよ」
 

俺は容赦なく女を睨んだ。

脳裏に浮かんだのは姉の笑った顔。

俺の姉の名は、銀五月。
 

テレビかなにかで、姉のことを知ったのか?

ただの興味半分で。

俺達の聖域を荒らすのか?


「……やっぱ、親族か?」

「……」

「無言は肯定ってとるからな」

 
不意に和らいだ女の目元。

違う。

興味半分とかじゃない。

テレビとかで姉を知っている風ではない。


「私は数年前、メイに会ってるんだ」

「ぇ……。アメリカで?」
 

いつ?

姉がアメリカに来たことなんて……。


「あぁ。一人旅だったみたいだ。詳しくはきいていないが、誰かを訪ねにきていたらしい。私がからまれているところを助けてくれてな、それで親しくなって、案内したんだ」
 

聞いたことがない。

一人旅?

いつの間に……。


「あ、3年前だったな。思い出した。メイが高二のときだ」
 

ありえない。

だって、そのときには俺達は渡米して、姉との関わりを断ち切らされたはずなのに。

俺達に会わないことを条件に一人旅を許可された?


「意気投合してな、ストバスのコートで1on1をしたんだが、あいつがまた強くて……」
 

女の青い瞳に水が浮かぶ。
 

あぁ、そっか。

その瞳を見て、俺は初めて女の言うことを、姉の決意を理解した。


「あいつのこと聞いたときはショックでさ。約束してたんだよ。世界のコートでまた、試合をしようって。なのに、あいつは先にいなくなるし、私はやめちまったし」
 

姉はアメリカで本当にこいつと試合をした。

だから、四肢に枷をつけてでも、もう一度バスケをする道を選んだ。

だって、3年前は姉が日本代表に入団して、望まなかった婚約を取り付けさせられた年だから。
 

根本的なきっかけではなくとも、この女は姉の決意に関わっている。


もし、この女と出会わなければ、

婚約者に暴力をふるわれることも、

殺人鬼に殺されることもなくて、

今も笑っていられたんじゃないか?


こいつのせいで……。


「頭ん中がぐちゃぐちゃして、バスケで鬱憤晴らそうとしたら、お前がいるし……。あいつと似てたんだよ。プレイスタイルが。目があいつみたいにキラキラしていないで、濁っていても、プレイスタイルだけは似ていたから」

「…………姉が教えてくれたから、似ていて当然だ」

「やっぱ、姉弟か。……あいつから聞いてた。弟が3人いて、どいつもこいつもバスケの女神に愛されてるって」
 

姉にだけ愛されていればよかった。

他からの愛情なんていらない。

あんたさいれば、他はどうでもよかった。

才能なんていらなかった。


あんたが家にいて、

おかえり、って言ってくれるだけで。


温かい食事をつくってくれるだけで。
 

もう、それは幻想で……。


「でも、お前はバスケが好きじゃないんだな」

「…………」
 

そうだ。

俺は鬱憤さえ晴らせさえすればいいんだ。

その手段が、姉が教えてくれたバスケであったとしても。


「私も、今はわからない。好きだったはずのバスケが、今も好きなのか」
 

好敵手を亡くして、視力の低下で居場所を失くして。
 
姉を亡くして、俺でいられなくて居場所を失くして。
 
バスケに、人生に意味を見出せなくなって。
 

恨み辛みよりも、同情のほうが勝った。

この女の境遇と俺のそれは似ていたから。


「お、来たぜ」
 

店員が運んできたプレートには目の前の女が食べるとは思えないほどのボリュームのハンバーグ。

それが、俺の目の前に置かれて、女の前にブラックが置かれた。
 

思わず固まった。

傍から見れば、俺が肉で、女がコーヒーを飲むと思われていたようだ。


「寄こせ」

「お、おう」
 

予想以上に低い声が俺の口からこぼれた。

コーヒーを飲みたかった気分なのに、肉の臭いで気持ち悪い。

ガーリックソースの臭いでさえ、虫唾が走る。
 

そんな気分不良を洗い流すように、ブラックを胃に流し込んだ。

安い店だから、豆があまりよくない。

眉間に皺がよるのを感じながら、女を眺めた。

口いっぱいに肉を頬張るその姿は女らしさの欠片もない。

姉とは間逆の性格のようだ。

いや、むしろ大食漢の弟に似ている。

こんな女が姉と親しかったなんて、信じられない。

それでも、姉が認めた相手なら、芯の強い女なのだろう。
 




なら、いっそう壊れた姿は見物だ。
 

壊してしまえ。


姉の代わりにこいつに勝ってしまえば、姉の無念も晴らせるんじゃないか?

こいつのせいで、姉は死んだ。

こいつと約束を交わさなければ、義理堅い姉は入団することもなかったんじゃない?
 

壊してしまえ。


二度とバスケができないほどに。

二度と立ち上がる気力など残さないほどに。
 

壊してしまえ。





「おい……」

「!?」

「大丈夫か?」
 

顔を上げれば女が心配そうに俺の方を見ていた。
 

俺は、何を考えていた?


「何でもない……」
 

ちらりと見やれば、それほど時間も経ってない。はずなのに、女のプレートには残り1、2口の肉。


「帰る」
 

カップの中のまずい液体を飲み干して、席を立てば、女に再び問われた。


「名前は?」

「……シキ」

「漢字だとどう書くんだ?」
 

半ば無理やり渡された紙とペン。
 

溜め息をつきながら、書いた。四輝と。


「へぇ、やっぱ漢字だと印象が違うんだな。キレーだよな。日本の名前って」

「……じゃぁな」
 

ポケットから金を出して、店員に渡した。

多いと言われたが、チップ代と言えば、すんなり受け入れる。

本当に、日本とは違う。


「あ、おい!シキ。私が払うっていっただろう」

「二度と会わないことを祈る」
 

店のドアを閉めた。


何か言いたげな視線から逃れるように。

罪悪感に塗れた女から逃れるように。

俺に贖罪を求めようとしている女から逃れるように。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ