とある独善主義者の独白

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目の前で、朱が飛び散った。
 

地面に投げ出された手は先ほど俺の背中を押したもの。
 

自分と同じ青い瞳に光が見えない。
 

周りが騒ぎ始め、人だかりができ始める。
 

紅い瞳が絶望の色を示しながら、俺の目の前の肉塊を見つめていた。

 



白い菊に囲まれた遺影。
 

その写真だけを父に渡された。
 

白に囲まれた紅い瞳のその人は俺の知っている微笑みを見せていた。
 

裏のルートを辿り、その人の死に際の写真を手に入れた。
 

美しい銀髪は朱に染まって、身体中切り傷だらけで、それでも、犯人の腕をしっかりと掴んでいた。
 

日本の新聞に3日間だけ、英雄として讃えられていた。











「っ……」
 

べったりと寝衣が身体にはりつく。

気持ち悪さで目が覚めて、時計を見れば午前2時。
 

脳裏に蘇るのは母の死に際と、姉の死に様。自分を庇って死んだ母。

自分の与り知らぬところで亡くなった姉。

二人の存在の消滅に今なお、俺は適応できていない。
 

四年前、父が再婚して、義弟ができた。

新たに父との間に、身体が弱く、入院していることが多いが、可愛い弟もできた。

弟達とも仲は良好で、円満な、一般的な家族だと思う。

父を裏切り者と罵るつもりはない。

ただ、祖父を憎むだけ。

姉と俺達を引き離したあいつだけを。
 

優等生を演じながら、いつも憎悪と悲哀だけが俺の胸中を埋め尽くす。

唯一忘れることができるのは、姉が教えてくれたバスケをしているときだけ。

そして、治安の悪い地域で行われる賭けバスケで、年上の男相手に勝つときだけ。


最初は面白半分だった。


使いもせずに溜まるだけの、親からの小遣いを捨てるつもりだっただけ。

金目当てに賭けにのった相手はガラの悪そうなやつ。

そいつは日系人で、テレビに映っていた、姉を殺した男に似ていた気がした。

結果、俺が勝った。

中三の俺が、大人の男に。

その時の絶望した男の表情を見てしまって、俺は賭けバスケの味をしめた。

相手を姉を殺した犯人に見立てて、バスケを道具扱いして、この虚無感を充たそうとしていた。

母を亡くしてすぐに、姉が俺達に教えてくれたバスケで。

無論、家族には秘密にして、俺は週一のペースで賭けバスケに行った。

金は溜まる一方で、徐々に賭け金も上げていった。

その方が、相手も熱くなって、俺に負けたときの悲壮感がはんぱないから。
 


それでも、今なお、俺は悪夢に魘される。



寝付けない日々が続き、

優等生を演じて、

その鬱憤を賭けバスケではらして、

円満な家庭の長男を演じて、

頭の中がごちゃごちゃになった。



何がしたいのかわからない。

それでも、賭けバスケでの勝利への快楽を求めてしまう。
 


ベッドから起き上がり、俺は部屋に備え付けの冷蔵庫からドリンクを飲む。

義母がつくってくれるスポドリは姉が作ってくれたものとは似ても似つかない。

義母が嫌いなわけではない。

それでも、俺にとって姉は俺の世界そのものだった。

母がいなくなった俺の世界で、主軸は姉だった。
 


目頭が熱くなる。

だるい身体をひきずり、俺はシャワーを浴びに行った。











「……あんた、元WNBAの」

「あ?お前みたいなガキが来るとこじゃねぇよ。ここは」
 

俺が来る前からいたらしい女は、確か、視力の問題でWNBAを引退したアレクサンドラ=ガルシア。
 
コートで膝をつく男。右手でボールを弄ぶこの女が勝ったっていうことか。


「……やろう。賭け金はあんたの言う額で構わない」

「は?ガキが何言ってんだ。とっとと、お家に帰んな」

「相手してくれよ。クソ女」
 

女の眼光が鋭くなる。

随分と荒れているようだ。

それだけバスケが好きなんだな。

それだけプライドが高いんだな。

だから、壊し甲斐がある。


「後で泣き言ほざくなよ」
 

あぁ、楽しみだ。

この高飛車そうな女が屈服させられる姿を見れるなんて……。





「……っ」

「……!?」

「ははっ、マジかよ……」
 

本物だった。

この女は。男に負けず劣らずの素早いドリブル。

正確なショット。

何より、俺の弱点をついてくる分析力。

経験則は圧倒的にこの女が上だ。
 

同点に終わった俺達の1on1。


外野はかなり盛り上がっていた。

中には俺たちの勝敗で賭けてるやつなんかもいた。

女は俺のほうを驚いた表情で見ている。

やっぱり、中学生相手に同点っていうことが、元プロとしてきつかったか……。


「賭け金はやるよ。じゃぁな、ガルシア」

「待て。……お前、名前は?」
 

このコートで名乗る馬鹿がいるかよ。

中学生でここに来ること自体が違法だ。

それに、家のことがばれれば、俺はいい金づるになり下がる。

何より家族を巻き込む。

それだけは避けたくて、俺は女の言葉が聞こえなかったふりをして、コートを去った。

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