心と秋の空

□14.充:支
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今日、帝光中学バスケットボール部は全中二連覇を果たした。

 









決勝戦はちょっとばかし危なかったけど、青峰っちと黒子っちのおかげで勝てた。

だけど、なんだろう。

優勝できて嬉しいのに、何か……。


「…あ、桃っち。秋野先輩見てない?」

「先輩なら、喉が渇いたから飲み物買ってくるって言ってあっちに」

「ありがとうっス!」
 

ジャージに着替えた俺は控え室から出てすぐに会った桃っちに先輩の居場所を尋ねた。

桃っちの指さした先には確か、少し離れてるけどベンチが横にある自販機があったけ?

多分、そこでゆっくりしてるのか…。
 

嫌な予感しかしない。


小走りになって先輩がいるであろう場所に向かう。

それまでの間にすれ違う他校の部員から囁かれる陰口。

…俺達が真っ当に勝利を得た。

お前達に見当違いも甚だしい不平不満を言われる筋合いはない。
 

俺の視界に、ベンチに座る先輩の姿が映った。

…先輩、元気ない?


「あ、お疲れ様。黄瀬君」

「お疲れ様っス」
 

先に声をかけたのは先輩のほうだった。

さっきの元気がなさそうな雰囲気など一切無くて、微笑を浮かべながら俺の用件を伺っているようだった。

警戒しているわけじゃないけど、なんか…。


「どうかしたんスか?」

「なんでもないよ。これで、部活三昧の学校生活も終わりだなって」
 

先輩の返答は速かった。

それは事実だけど、真実ではない気がした。


「…優勝したのに、あんま嬉しそうじゃないのって、本当にそのせいっスか?」
 

直感でしかない。

赤司っち達の半分以上も、同じ体育館で過ごしてはいなかった。

だけど、視てきた。先輩を。
 

だから、流さない。


ここで食い下がらなきゃ、終わりだと思った。

引退するとか、卒業するとかそういうもん関係なく、何かが終わると思ったから。


「それ以外に何があるの?優勝できたのは嬉しいけど、やっぱ終わりかーって思うとね、やっぱり寂しいんだもん」
 

違う。

嘘だ。

それだけじゃない。

いや、それじゃない。

もっと別のモノが先輩を…。


「……っ。秋野先輩、前に言ったっスよね。“自分から相手の領域に踏み出すことさえしないのに、相手の位地を決め付けるのだけはしちゃいけない”って」
 

俺は先輩との距離をつめて、制服に包まれた右肩に触れる。


先輩は動かない。

拒絶していない。


「先輩の、隠してる領域に踏み込んでもいいっスか」
 

先輩はすごい人だ。

俺が今まで出会ってきた中でも、特に。
 

それ以上に、俺は先輩のことが好きだ。
 

今ここで手を伸ばさなきゃダメな気がするから。

俺は伸ばす。

指が先輩の頬に触れる。

それでも、先輩は身じろぎ一つしない。

それを同意と捉え、俺は目を閉じて、先輩の顔に自分の顔近づけた。






「空。帰るぞ」
 

冷めた声に反射的に、俺は俺達の唇が触れ合う寸でのところで近づくのを止めた。

そして、ゆっくり振り返り、邪魔をした俺の天敵を眼光で射抜く。


「銀さん…」

「黄瀬、どけ。空が帰れない」
 

淡々と促す銀レイに俺は、今、人通りがなくとも、ここが会場内であることを忘れて銀レイに詰め寄った。


「なんなんだよ、あんた。先輩はあんたの何だよ!!いつまで、先輩を縛ってんだよ!!」

「黄瀬くっ…」
 

先輩が俺の名を呼びかけた。

だけど、それを銀レイが視線だけで制した。


何なんだよ。

お前は先輩の…。





「なら、お前は何だ。

黄瀬涼太。


お前は秋野空にとっての何だ。

どんな存在だ。


触れることを許されたのか?

求めることを許されたのか?

望むことを許されたのか?

側にいることを許されたのか?

想いを押し付けることを許されたのか?」





「…っ」





「俺にとって空はかけがえのない友人だ。

それ以上でもそれ以下でもない。


空が苦しんでいるのなら、その苦しみから解放させてやりたい。

空が喜んでいるのなら、その喜びを共感したい。

空が泣いているのなら、その涙を拭いたい。

それらを空が望めば、俺はそうする。


だが、黄瀬、お前はただ自分の感情をおしつけているだけだろう?

双葉に牽制されただろう?

お前はまだ無能で無知な子供でしかないと。


愛?


んなもん語れるような人生も送ってねぇだろ。

やっと手に入れたもん守んねぇといけねぇのに、抱え込むもん増やしてどうする。


空にさえ枷つけてどうすんだよ。

お前の青春ごっこに俺の友人を巻き込むんじゃねぇよ」
 

忌々しげに吐き出された銀レイの言葉の数々。

剣呑に光るやつの視線。
 

やつの言う事は正しい。


俺はただ先輩に、また、自分の感情を押し付けようとした。

白さんにも言われていたのに…。

あぁ、そうだ。

白薫人っていうのは、白さんの芸名で、本名は銀双葉。

こいつの兄だ。

だから、あの人は俺を牽制してきた。

銀レイと先輩の仲を知っているから。
 

牽制されたのに、応援もされたのに、俺は何をしようとしていた?


「ごめんねっ。ごめん、黄瀬君」
 

先輩の言葉に思わず俺の肩が揺れた。

今にも泣きそうな彼女の声に、俺の中の罪悪感はより重みを増す。




息をするのさえ億劫だ。
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