心と秋の空

□10.充
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俺の宣言に、褐色の男子が目を瞠った。

そして、誰かを探すかのように、辺りを見回し始めた。


「あ?入部希望なら、…お、いたいた。あの先輩に言えばいいぜ」
 

褐色の指で示されたのは、…先輩だった。


「…あー、入部希望ね。ちょっと待って、届を持ってくるから」
 

苦笑いを浮かべながら、彼女はこの体育館から去っていった。

久しぶりにみた先輩は前見たときよりも、綺麗に見えたのは俺の気のせいか。

俺のせいで巻き込まれたことを思い出すと、胸が痛んだ。

俺はほんとはここにいちゃ、いけないんじゃないか。


「先輩が来るまで、そこで見学でもしとけよ。今から、ミニゲームすっから」
 

俯く俺を視て、他の部員がこそこそ何かを言い合う中、褐色の男子が俺の肩をぽんっと叩いた。

にかっと笑うその姿に、この人はほんとにバスケが好きなのだと思い知らされる。
 

俺も、この人ぐらい何かに夢中になりてぇな。
 




その後行われたミニゲームは、褐色の男子の圧倒的なプレイで点差がみるみる開いていく。


中学生であるというのに激しいダンク。

先が読めないドリブル。

見たことないフォームで打たれるボール。
 

どの動きも、素人目であっても、常軌を逸していた。
 

そして、どの全ての動きにおいても基礎となる彼の敏捷性と技術の高さ。
 

カッコイイ。

純粋にそう思った。

超えられそうもない。

この人に追いつけるくらい強くなってみたい。
 

また、何度目か分からない、褐色の手がボールをリングに叩き込んだ。

 











彼のプレイに感動しながら、憧れながら、壁に背を預けて観ていると、突然、声をかけられた。


「黄瀬君」

「っ、あ、はい」
 

完全に、素だった。

やべー。

恥ずかしい。

てゆーか、俺のこと怒ってねぇの?

あんたを陥れようとした“俺”のことを。
 

決して先輩のことを視ることなく、俺は入部届を受け取った。 


「それは昼休みあたりに職員室に行って、白金先生に提出してね。きっと試験をしてくれると思うから」

「どうも…」
 

当たり障りない返事しかできなかった。

せっかく先輩が俺に説明してくれてるのに、目を視れない。

どんな表情で俺を視ているのかわからない。

先輩の俺に対する評価を知ってしまうのが恐い。


「じゃあ、ね」
 

視線を合わせることなく去っていった。

だよな。

無愛想な奴に構ってやってられるほど、先輩は暇じゃない。


俺は体育館を去ろうと、先輩に背を向けた。


「青峰君!後で体育館裏に来なさいよ!!」

「え、俺、先輩タイプじゃないんで」
 

え?

先輩の発言とさっきの、褐色の男子のやり取りに、どっと、体育館内が沸いた。


「おい、青峰文句言うなって!器量はいいはずだぜ、多分」

「モテ期到来か!?」

「よーし、青峰君と一緒にしばかれたい部員も体育館裏に来てね〜」

「「「そりゃ、ねーわ」」」
 

好き勝手言う部員達に対し、少しむっとしたような先輩が脅せば、ぴったり合わせてつっこまれていた。

また、それに対してあちらこちらから笑いがおきる。
 

この情景を見て、俺は初めて先輩を視た気がした。
 

笑いの中心で、先輩も笑ってて、その周りも笑ってて。


俺も、その輪に入れるだろうか。

俺も、そこで笑えるだろうか。

俺も、先輩の近くにいられるだろうか。
 

笑顔の先輩と視線が重なった気がした。


不意に痛んだ胸。

さっきみたいな痛みじゃない。

もっと、切なくなるような。

 






















ここには、俺の求めるもので充たされている。

超えられない、理想の存在。

それに、俺の、……大切な存在。
 

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