心と秋の空

□9.求
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「金輪際、秋野空には近づくな。触れるな。喋りかけるな。護らねぇと、わかってるよな?」
 

泣きはらした、狭まった視界で、俺は自分のみっともない姿を視た。

白さんのスマホの画面に映った俺に、俺はもう何も感じなかった。



これが、“俺”なんだ。
 


ゆっくり俺がうなずいたのを見て、白さんは視聴覚室を出た。

俺のことなど、気にせずに。

あぁ、そうだ。

俺は必要とされていない人間なんだ。

どうしようもなく、無価値な存在なんだ。

 

















その日、俺はどうやって帰ったのか覚えていない。

気づいたら、制服のままベッドに突っ伏していた。

俺のスマホには、女共から、白さんに連れられてどうしたのか、また白さんが帝光に来ることはないのかというものばかり。



俺の心配は誰一人していない。
 


未だに痛む腹を抱えて、俺は笑った。
 


所詮、“黄瀬涼太”も、白薫人には敵わない。
 
所詮、“黄瀬涼太”もそこまでの存在だった。
 
なら、“俺”は?
 


出し切ったはずの水分が俺の目から零れ落ちた。

 
























それから、俺は確かに白さんの命令を護っていた。

秋野空を俺の視界に入れないようにしていた。

女子達には、秋野空とは別れたと言って、もう興味も無いことを告げた。

それと引き換えに、俺は先輩に起きたことを知った。

実質的な被害は大きくないということを。

そして、俺の嫌いな男装モデル、銀レイに保護され、ともに学校を休んでいるということを。






彼女の負った傷は深いだろう。

それに俺が触れることで、より痛みは増すだろう。

なら、俺はもう彼女に近づいてはならない。

嫌いでも、先輩と同性である銀レイに任せておいたほうが得策だ。
 












俺と先輩との関係がなくなったと知った女達からは告白のラッシュを受けた。

俺は断ることなく、それらの全てを受け入れた。



求められるがままに、俺は言葉を紡ぐ。

唇を重ねる。

体温を分かち合う。
 


この中の誰かが“俺”に気づいてくれるように。

 




そうして、帝光中で二度目の春を迎えた。
 

俺の浮気ともいえる行為に自分から去る女も多かった。

その中で、図太くて、自分は“黄瀬涼太”の特別だと言い張る女達だけが、俺の周りに残った。
 


言いようの無い虚無感だけが俺を襲う。
 


俺の求めていた結果など、一つもなかった。
 


その日にあったサッカーの、リフティングテストも余裕でA判定。

なんで、できないのかが分からない。
 


下校中が一番クる。

部活に励む姿を見て、また、孤立を味わう。
 


容姿オッケー。

運動オッケー。

勉強もまあオッケー。

けど…、つまんねーな。

スポーツは好き…だけど、やったらすぐできちゃうし。

しばらくやったら、相手がいなくなるんだよなー…。

誰でもいいから俺を燃えさせて下さい。

手も足も出ないくらいすごい奴とかいないかなー。

いんだろ、どっかー。

てか、出てこいや!


「なーんて…」

 ゴッ。

「いってぇ」


やけになって、独り言を呟いていたのが悪かったのか。

突然の後頭部への衝撃に俺は、白さんから受けた暴力を思い出し、一瞬身体を、恐怖に竦めた。


「ワリーワリー。って…、モデルで有名な黄瀬クンじゃん!」

「っだよー」
 
ポイッ。

「サンキュ」
 

だけど、取りに来たのは褐色の肌が特徴的な、体格のいい生徒。

すぐさまボールを返せば、体育館に向かっていった。

投げたボールは、今日の体育でやったボールよりも大きくて、ざらついていた。


バスケ…か。

まだやったこと…。

そーいや…、帝光ってバスケかなり強いって聞いたことあるな。

あと、先輩もいるって。
 

もしかしたら、先輩もいるかもしれないという期待もこめて、俺はボールを床に叩きつける音や、かけ声などで満ちている体育館の中を覗いた。

そこで視たのはさっきの褐色の男子があっという間に三人を抜いて、ボールをリングに叩き付けた。

素人目でも速くて、上手いことが分かる。
 

すっ…。

すっげっ…。

あの速さで、あの動き…。

再現できるか!?

ムリ…、いや…、頑張れば…。

やっべ、いたよ。

すごい奴…!!


「ん?オマエさっきの…」
 

褐色の男子が俺に気づいた。

さっきまで他の男子と同じような馬鹿にしか見えなかったけど、今なら、彼が天才だとわかる。
 

この先、俺がどんなに頑張っても追いつけないかもしれない…。

けど、だからいい!
 
この人とバスケがしてみたい…!

そんでいつか…。


「バスケ部入れて…、入れてくれないっスか!?」
 

求めていたものがここにあった。
 
俺の欲するものが。

理解者ではなかったけれど、俺の、尊敬できそうな人が。


 





















求めていた。

ずっと。

理解者と、不安を紛らわせるほど夢中になれる何かが。

それが、ここにあった。

この俺でも到底超えられそうのない、才能を持った人が。

そして、先輩もここにいる。

白さんとの命令を反故にするかもしれない。



それでも、俺が“俺”であるために、足掻きたかった。
 

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