心と秋の空

□8.蜂
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「うぁ…」
 

みっともなく泣いていた。

呼吸さえままならず、目の前の恐怖から逃げ出すこともできずに。

全身を震わせて。

思考が上手く機能しないまま。



「なんで、泣いてんだよ。お前が悪いんだろ」
 


俺が、“悪い”?



「そうだよ。

お前が悪い。

黄瀬涼太が悪い。

お前の行動が悪い。

お前の言動が悪い。

お前の感情が悪い。

お前の選択が悪い。

お前の全てが悪い」
 


“俺”の何かが崩れていく。



「被害者ぶってんなよ、黄瀬涼太。

今回の発端はお前の被害妄想の結果だろう?」
 


ひが、いもうそう…?



「自分でモデルの道を選んでおきながら、自分の孤立を人のせいにしてやがった。

ましてや、自分を見捨てたと、

ガキみてぇな癇癪起こして、

周り巻き込みやがって」
 


痛い。

痛い。

痛い。
 

やめて。

やめて。

やめて。



「お前は元々

独り

だったろーが。


今までも、

これからも、

ずっと」



 独り?



「今まで、信頼できる友人がいたか?

いなかっただろう?


自分だけが可愛い、

ナルシストなお前には、

お前の外見しか気にしないやつらしか」
 


信頼…?



「所詮お前は独りだよ。

秋野空に助けを求めようとも、あいつもお前を見捨てる」


「うぁ…。やだ」


「やだじゃねーよ」


「やだやだやだやだやだやだ!」


「………」
 


嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。


見捨てないでよ。

ねぇ、先輩。


助けてよ。


「せんぱいはぁ゛、“おれ”にぃ、きづいてくれた!!“きせりょうた”じゃなくて゛、“おれ”に。たすけてくれる!きづいてくれた!だから、おれをたすけるぎむがせんぱいには」
 


ガンっ。



「ひぃっ!!」

「言いたいのはそれだけか?」
 

俺の顔の横、すれすれだった机を、先輩は何のためらい蹴り飛ばした。


「義務?んなもんねぇよ。悪いのはお前だ。お前のことなんか知らないやつを巻き込むな」
 

おれなんか…?


「秋野空はお前とは違って、有能な人間だ。無能なお前とは違う」
 

む、のう……?





「気づけよ、黄瀬涼太。

お前のそれは、言葉を覚えたてのガキが言ってるような、意味も何もない戯言だって。

お前の描いている理想は、ただの幻想だって。


黄瀬涼太。

現実を見ろよ。

秋野空がお前を視たことがあったか?

秋野空がお前の名前を呼んだことがあったか?

秋野空がお前に触れたことがあったか?

秋野空に笑いかけたことがあったか?

無かっただろう?

お前と秋野空の関係なんてそんなもんだ。

お前の一方的な理想と期待と感情の押し付けでしかない。

お前が名前も知らない女共に向けられるようなソレと同じものでしかない。


黄瀬涼太。

いい加減に認めろ。

お前のその感情は、ただの物欲でしかない。

ブランド物をほしがるやつらと同じ。

他人の持っているおもちゃが欲しいだけのガキと同じだ。

お前は自分がモノ扱いされるのを毛嫌いするくせに、お前は秋野空をおもちゃ扱いしてやがる。



黄瀬涼太。

見つめ直せ。

お前は自分の欲望にのみ囚われて、

自分を悲劇の主人公のように仕立て上げることでしか、

自分を保てない、


愚かで、

弱い、

くだらない存在だって」





「ぁ…」

「だよな。黄瀬涼太」
 

俺の何かが決壊した。
 










その後、俺は泣いた。

泣きまくった。

身体中の水分が無くなるかのような勢いで。

ガキのように大声を上げながら。


それを無感動の視線で俺を眺める白さんの手にあるスマホからのフラッシュを浴びながら。

 























痛い。

痛い。

いたい。

イタイ。
 

蜂に刺されたかのように、痛い。

白さんの言葉の全てが、蜂の針であったかのように、全身が痛い。


痛い。

痛い。

いたい。

イタイ。
 

たすけて。
 

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