心と秋の空
□7.死地
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白さんの忠告…。
それが頭にはりついて離れない。
秋野空から手をひけって…。
やっぱ、女共が凶行に走る前に止めろってことか。
今のところ、それっぽそうなのないけどな。
昨日の先輩の笑顔を思い出すと、何ともいえない不安に襲われる。
昼休みになって、一緒に昼飯食べようという女子を断って、俺はあの人がいるであろう教室に向かった。
がっしゃぁぁぁん!!!!!
「!?」
突然の轟音に、周囲も動揺を隠せないようだった。
その音は先輩の教室の近く。
まさか、先輩に……!?
俺は立ち往生している生徒達を押しのけながら、騒動の中心へと向かった。
辿り着いたときに見たのは、
俺とそりが合わない男装モデルに連れ添われる先輩と、
五人の男子生徒の前で仁王立ちになっている白さん、
野次馬化している生徒達に早く教室に戻るよう促す教師陣。
それに、腰を抜かしている女子三人の中には、昨日俺と出かけた女もいた。
あと、その近くの空き教室にはドアが無い。
いや、その教室の窓に突き刺さっていた。
誰が…、こんなこと。
「武中先生。こいつ、早退で」
ぐいっと、首根っこを掴まれて、俺は初めて目の前に白さんがいたことに気づいた。
「おい、銀!!」
「そのドアと窓は弁償するんで…。週刊誌に暴露ってもいいんスか?あくまで、ここが一年だけだったけども、母校であるから、“この程度”ですませてやってるんですけど」
「ひっ……!」
壮年の教師が白さんの眼光に慄く。
いや、それだけじゃない。
他の教師も白さんに脅えている。
まさか、このドアの惨状は、白さんが?
生徒達の奇異の視線で見られながらも、俺は防音室である視聴覚室に連れてこられた。
着いた途端、俺の身体は床に打ち付けられる。
落とされたわけじゃない。
投げ飛ばされた。
決して軽くも、小さくも無い身体を。
俺を。
物を扱うように。
尊敬していたモデルの先輩に。
そのことに衝撃を受けていると、うつぶせのまま、起き上がる間もなく、頭を床に押し付けられる。
「っ…」
「俺、言ったよな。黄瀬涼太。秋野空から手をひけって。何、お前鳥頭かよ」
頭を踏まれている。
ぐりぐりと後頭部を踏みにじられ、顔面が容赦なく床に押し付けられる。
いってぇ。
俺、モデルなのに。
顔は商売道具なのに。
俳優やってモデルやってる、白さんなら分かってるはずなのに。
いや、分かっててやってる。
この人は。
「なーんで、秋野空が物理的被害にあってんの?」
え…、せんぱいが…。
知らない。
知らない。
なんで、先輩がそんな目に。
あの女子生徒達がやったのか?
ふざけんな。
あいつらが先輩を脅えさせたのか。
恐怖を与えたのか。
いや、他に男子生徒が五人もいた。
いくら、地味で平凡だと言っても、あの人は女だ。
最悪の予想が脳裏をよぎる。
髪をひっぱられ、しゃがみこんだ白さんの、ハーフだという青い瞳とつきあわされる。
「“俺”は知りませんってか」
満面の笑みの白さん。
ついで、生じたのは腹部の痛み。
「ぐげっほ!」
2mぐらい吹っ飛んだ。
痛い痛い痛い。
蹴られた?
容赦なく?
生理的な涙と情緒的な涙が頬を伝いながら、俺は痛む腹を押さえて、白さんを見上げた。
昨日とは比べ物にならない程の白さんの殺気。
恐怖で息ができない。
だらしなく口を開けて、唾液が口の端から溢れ出る。
みっともなく涙がこぼれる。
体中が痛みで、恐怖で動けない。
殺される?
この人に…。
いや、だってここは学校だ。
いくらなんでも、この人はそんな真似しないだろ?
だって、若いながらに国民的に有名な俳優で、モデルで。
その地位を無為に帰すのを気にせずに、俺に暴力を振るったりしないよな。
じゃぁ、なんで、
俺踏まれたんだ?
蹴られたんだ?
俺の存在なんて、この人にとっては揉み消せるもの?
歯牙にもかけない存在?
一歩、白さんが近づいてくる。
それに対し、俺はみっともなく四肢を震わせながら、少し下がった。
やだ、こわい。
いたいのはいやだ。
たすけて。
たすけて。
せんぱい、たすけて。
もう何がなんだかわからない。
何が起こっているのか。
白さんと先輩の関係も。
白さんが俺に殺意を向ける理由も。
ただ分かるのは、ここが死地だということだけで。
そして、この死地で、俺が助けを求めたのは、秋野空という女だった。