心と秋の空

□6.碌
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「あれ、黄瀬君?大丈夫」
 

車から声をかけられ、霞む視界で捉えた人は、憧れの人だった。
















「ほんっと、すみません」
 

今日の撮影は、白薫人さんとエルという男装モデルがメインとなった。

本来なら、俺が白さんの隣だったけど、自己責任だ。

撮影が終わったらしく、白さんがソファに寝ている俺がいる控え室に入ってきた。


「もういいから、ほんとに大丈夫か?」

「…はい」

「何か、悩んでんなら聴くけど」
 

椅子に腰掛ける白さんも様になってて、だらしなく横になってる俺が急に恥ずかしく感じた。

それで、起き上がろうとした俺を白さんが制する。


「女?」

「…………」

「無言は肯定ってとるからな」

 
軽く溜め息をついた白さん。

俺のお気に入りのメーカーのミネラルウォーターを俺に手渡し、自分の水筒で喉を潤した白さんは続けた。


「中坊で愛だの恋だのとかで、泥沼はまってんなら早く抜けたほうがいいぞ。それ、ただのガキの物欲の延長だから」

「は…」
 

冷めた声音で語りだした白さんに思わず俺は目を見開いた。
 

あれ、こんな人だっけ。

こんな冷たい目で、声で。


「理想を、期待を押し付けられんのが嫌なら、仕事降りろ。あと、自分がされて嫌なことを相手にするとか小学生か」


 いや、待って。

なんで知ってるんだよ。

まるで、俺のやってきたことを全て知っているかのような語り口調。


「選べよ。期待される、望まれる、理想の“黄瀬涼太”か、期待されない、望まれない黄瀬涼太か。あと、お前が執着してる子から、手ぇ引け。苦しむんなら、一人で勝手に苦しんでろ」

「……っ」
 

一際鋭い眼光を、いや、殺気を受けて、俺は意識を手放した。

















「ほんっと、ごめんなさい。薫人さん」
 

…あれ?


「いえ、涼太君をお願いします」
 

ここ、どこ?


「あ、夕飯上がっていきませんか?」

「家で弟達が待っていると思うので、失礼します」

「そうですか、また、よろしかったら召し上がっていってくださいね」

「ありがとうございます」
 

聴きなれた声と、俺が気を失うまで聴いていた声を覚醒したばかりの俺の耳が捉える。

ついで、俺の好きなスープの香りが鼻腔をくすぐった。


「………ぁ」

「あ、起きたの!?涼太、あんた薫人さんと知り合いなら紹介しなさいよー」


視界に入り込んだ姉の姿で、俺は自宅にいることに気づいた。


「なんで、家に…」

「薫人さんが運んできてくれたのよ。一見、細身なのに、結構筋肉ついてるのよねー」
 

白さんのファンである姉の興奮の度合いから、それは真実であるようだった。

なら、あの冷たい目をした白さんの言葉は現実で。


「あ、食欲ある?」

「いや、いいわ。部屋で寝とく」

「そう?早く寝なさいよ」
 

あのときの白さんの言葉が頭の中で反響する。
 

どこまで知ってるんだよ。
 

部屋に辿り着き、ベッドにダイブする。

そのとき、鳴ったのは、非通知用の着メロ。


「だれだよ…」
 

あまりに間のいいその着信に俺は、すぐには出ることができなかった。

十秒ぐらい経てど、止まない。

恐る恐る手を伸ばし、応答という文字にに触れる。


「もし

『遅ぇんだよ』

…!?」


『1コールでとっとと出ろ。愚図』
 

待て、何で知ってんだよ。

白さんが俺の番号を。


『忠告しとく。てめーで蒔いた種、根こそぎ回収しろ。じゃねーと、俺がお前を潰す』

「は、意味がわかんないんスけど」

『…わかってんだろ。お前が執着してる秋野空から、手ぇ引け。それ、お前のモンじゃねぇから』

「何で…」

『理由追求してる暇あんなら、くだらねぇ女共に連絡とって、秋野空に手ぇ出さねぇように言っとけ。てめぇが思ってるほど、人間は思うように動かねぇよ』
 

じゃぁな。

そう言って、白さんは一方的に電話を切った。
 

待てよ。

スマホからはツーツーと、電子音が鳴るだけ。
 

待てよ。

明かりを点けていない部屋で、スマホの画面だけが光る。
 

ベッドから降り、閉ざされていたカーテンと窓を開けた。
 

再び非通知の着メロが鳴った。


「『忠告はちゃぁんと聴けよ』」
 

スマホから聞こえる声と目の前の男の声が重なる。
 
ベランダに立っているのは電話の主と同じ人。


「うぁ…」
 

ここは三階だぞ。

何で、いるんだよ。


「忠告したからな。あの子にはもう手ぇ出すなよ」
 

そう言って、白さんは飛び降りた。

いや、だからここ三階なんだよ。
 

慌てて、ベランダに移って下を見れば、無傷っぽい白さんがいて、俺を見上げてその冷たい瞳で“俺”を睨みつけていた。

銃の形を作った白さんの右手。

それが“俺”に向けられる。
 

バァン。
 

確かに、白さんの口がそう動いた。

実際は撃たれていないのに、俺の鼓動は速くなって、冷汗が噴出した。


痛い。

痛い。


胸を押さえてうずくまる。

確かに、白さんの瞳が、くずれる“俺”を見て、微笑んでいるのが見えた。


そして、俺は現実と夢の区別もつかないまま、ベッドに潜り込んだ。

 














碌な日じゃなかった。


あの人の本当の姿を見ることになって。

仕事を休まざるをえなくて。

尊敬する白さんの殺気に触れて。


自分の中にある、

不確かで、

曖昧で、

子供みたいな感情の名前を知って。
 





痛い。

痛い。

痛い。

いたい。


イタイ。
 

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