心と秋の空
□5.誤
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先輩と昼食を摂った次の日。
俺は女子から秋野空が男好きという情報を得た。
それは、核心をつくもんじゃなかったけど、昨日の今日で、疑うには十分の内容だった。
男好きだから、イケメンが多いバスケ部のマネージャーをしているとも。
もちろん、情報提供者達に対し、浮気性な先輩のフォローも忘れずに、話を聴いていた。
そのおかげで、浮気説が強まったみたいだった。
周りの女子達が思うように動いてくれることに満足していた。
そんな時、あの人が数人の女子に呼び出されている姿が俺の視界に入った。
共に食べている女子達にトイレに行くと断りをいれ、その状況が分かる空き教室へと向かう。
泣くのか。
脅えるのか。
それとも、怒り狂うのか。
そんな疑問よりも、俺はあの人が傷つけられないか心配していた。
もし、手を出されたら…。
いや、違う。
これは制裁だ。
俺を見捨てたあの人への。
命に関わらないことなら、黙認しろ。
俺は悪くない。
相変わらずの女っ気の無さに呆れていなくなった女子生徒達。
それに安堵していたなんて、俺は認めない。
その後に、現れた男子生徒にあの人が抱きしめられて、肩を震わせる姿に、麻痺したはずの“俺”の心が痛んだのだって、きっと気のせいだ。
これは、あの人に対する制裁で。
俺は被害者で。
あの人が加害者で。
それが、事実だ。
真実だ。
休日だっていうのに、あの人の“弱い”ところが思い出される。
他の女子みたいに、男の腕にすっぽりはまる先輩。
いつもは落ち着いているのに、あの男子生徒に包まれて、肩を震わせていた。
無防備な姿をあの男子生徒にさらしていた。
そして、何より、“黄瀬涼太”を知らなかった。
おかしい。
だって、あのとき、あの人は“黄瀬涼太”の話をしていたじゃないか。
忘れたふりをしていただけだろう。
とんだ、役者な先輩だ。
あんなアホ面をかまして。
「ねぇ、涼太」
「どうしたんスか?」
「あれ、秋野じゃない?」
べたべたとまとわりついてくる女が指差す先には、男二人と連れ歩く先輩がいた。
男は二人とも長身で、顔は整っているほうだ。
…やっぱ、男好きじゃないか。
二人からプレゼントをもらって、俺が見たことないような、嬉しそうな表情の先輩。
「やっぱ、噂マジなんじゃん」
「うわさ?」
「あいつ、バスケ部の男子とヤリまくってるって話。さっきの眼鏡クンと、今も一緒にいる男子、二人ともバスケ部だよ」
「そーなんスか」
「別れちゃいなよ。あんな、女」
「………」
情報は揃ってる。
俺を見捨てたあんたは、そんなに男が好きだったんだ。
「大丈夫?涼太、顔真っ青だけど」
「大丈夫。そろそろ、仕事の時間だから。ごめんね」
「え、あ、うん」
女の顔なんて見てられないほど、俺は気持ちが悪かった。
吐き気が、悪寒が。
風邪ひいた?
脳裏には嬉しそうな先輩の顔。
その隣には、一緒に笑ってるバスケ部の男。
気持ち悪い。
きもちわるい。
あんた、男に興味なかったんじゃないのかよ。
何なんだよ、あんた。
だから、“俺”のことも分かってくれたんじゃなかったのかよ。
“黄瀬涼太”じゃなくて、“俺”を。
ふらつく足取りで、路地裏を行く。
会いたくなかった。
先輩達に。
今日、指定された場所は確か、この近くだったから。
撮影までに、少し休ませてもらおう。
あぁ、今日は人気モデルで、憧れの白薫人さんとの撮影だったのに。
最悪だ。
本当に、最悪だ。
あんたのこと誤解してた。
秋野空先輩。
だよな。
俺の期待しすぎだよな。
そんな都合のいい人いないもんな。
“黄瀬涼太”がほんとはいないように。
“俺”を助けてくれる人なんていないんだよな。