心と秋の空

□4.視
1ページ/1ページ

 

秋野空先輩はどうなったんだろう。
 

女子達の先輩に対する不平不満に対し、彼女だからあまり悪く言わないでほしいと、偽善者ぶりながら、俺は内心嘲笑していた。

周りから孤立したあの人はどう動くのだろう。


俺を責めにきて、さらに泥沼にはまってくれるのか。

それとも、泣いて孤独を味わうのか。

部活でも孤立してんだろうな。

せっかくの居場所さえ失ってしまったら、どうなるんだろう。

あぁ、楽しみだ。
 

頼んでもいないのに、俺の期待する、求める情報を持ってきてくれる名も知らない女子達に、初めて感謝した。

お前らも役たつことあんのな。

もちろん、顔には出さずに、悲劇の王子を演じてるんだけど。
 

早く、俺に赦しを請いにきてくれよ、先輩。

 






にしても、ここ数日、秋野空先輩は何の行動も起こしていないらしい。

クラスでもはぶられているってのに、その孤立を素直に受け取っている。
 

つまらない。

先輩のは、ただの虚勢?

なら、その虚勢さえも崩してやりたい。
 

あんたが行動を起こさないなら、俺が起こしてやるよ。
 




昼飯を一緒に食べようと言ってきた女子達を、先輩と食べるから、とやんわり断ると、皆一様に不機嫌そうな顔をする。

ほんと、計画通りに動いてくれる。

ここで、俺はもう一度申し訳なさそうに顔をして、謝った。

これで、もっとあの人への風当たりが強くなる。
 




いつか、あの人と初めて会った教室。

珍しい俺の登場に、男女問わずざわめいた。

その中で、一人孤立しているあの人。

あぁ、ざまぁみろ。


「先輩!!」
 

元気よく、あの人を呼ぶ。

より、独りであることがみじめになるように。

なのに、なんの反応もせずに、スマホ片手にお弁当を食べていた。
 

は、おい。

俺が声かけてんだから、

反応しろよ。

何、俺を見ないで、スマホ見てんだよ。

ふざけんなよ。


「もー、先輩!!秋野先輩!!!」
 

今度は名指しで呼んだ。

呼びながら、教室に入って、あの人の元を目指す。

だけど、あの人は俺が目の前に来て初めて、俺の存在に気づいたようだった。

初めての扱いに、俺は戸惑った。


「返事してくださいよー」
 

俺は決して影は薄くない。

むしろ、濃いほうだ。

なのに、気づかなかったのか?

素面で俺を見上げる秋野空に動揺するしかなかった。


「お昼一緒にいいっスか?」

「……へ?」
 

返事なんて聴く気ないけどさ。

俺はパンを置いて、空席だった先輩の前の椅子に座った。

先輩も俺の登場に驚いているようだったけど、俺だって動揺してんだよ。

まずは、落ち着け。

俺。

主導権を握って、この人を追い詰めさえすればいいんだから。


「あ…、美味しそうっスね。先輩の手作り?」

「あー、うん。手抜きだけどね」
 

そりゃ、わかるよ。

俺のまわりの女子ほど凝ってはない。

だけど、栄養バランスがよさそうな弁当の中身に興味が湧いた。


「嘘だー。一口もらってもいいっスか?」

「あー、うん」

「いっただきまーす。………ん!うまっ!!」

「どうも」
 

俺が誉めているというのに、反応は薄い。

まぁ、美味かった。

フツーに。

そんなに味もしつこくなかったし。

…じゃねぇ!


俺と一緒に飯食ってんのに、スマホ握ったままとか何なんだよ。

苛つきながらも、俺は先輩のスマホを覗きこんでみた。


「ライン…か」

「うん」
 

相手は…、修君?

男かよ……。

彼氏?

いや、まさか。

そんな話聞いたことない。


「そういやメアド教えてなかったっスよね。受信してもらっていいっスか?」

「あ…」
 

あぁ、苛々する。

半ば無理やり手中に収めたスマホをいじる。

電話帳を見れば、ほとんど男の名前。

俺のメアドを登録しながら、俺は同時に疑っていた。

男好きじゃねぇか。


「はい。できた」

「どうも」
 

そんな胸中を悟られぬよう、俺は微笑みながら、スマホを返した。

そして、思い出したことを告げる。


「あ、それから先輩。俺のこと名前で呼んでもくれてもいいですから」
 

この人、一回も俺の名前を呼んだことがない。

恋人のふりをさせるなら、名前呼びぐらいさせたほうがいい。

しかも、この人のクラスでとか、一番ダメージがでかいだろうし。
 

先輩が口を開いた。


彼女が俺の名前を呼ぶことで、より恋人らしくなる。

そして、より彼女を追い詰めることが…。


「う、うん。わかったよ、“コウセ”君」
 

は…?
 

いや、待て。

この女、今、なんっつった?

コウセ?

誰だよ、それ。

俺はキセリョウタだぞ。

誰かと勘違いしてる?

いや、この女は空気が固まった空間に動揺しているようだ。

素で間違えた?

まさか、俺のこと知らない?

いや、あの時、確かに俺の名前が出てた。

それで話が通じてた。

でも、今、この女はスマホを一度確認してから、コウセって言った。
 

俺の名前は、存在は、あんたの記憶の片隅にも留まらないほど、ちんけな存在だった?


「あはは。先輩冗談好きっスよねー。黄色の“黄”に瀬戸内海の“瀬”で“キセ”って読むって、いつも言ってるのに」
 

誤魔化せ。

胸中を悟らせるな。

ここには、この人だけじゃなくて、他にもいる。

“黄瀬涼太”であれ。


「それに名前で呼んでいいんですよ」

 














俺は、この人の視界にすら入っていなかったのか?

この“黄瀬涼太”が。

一度、見捨てられたのに。

この人は何も感じていなかったのか?

俺だけが、憶えていたのか?

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ