心と秋の空
□4.視
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秋野空先輩はどうなったんだろう。
女子達の先輩に対する不平不満に対し、彼女だからあまり悪く言わないでほしいと、偽善者ぶりながら、俺は内心嘲笑していた。
周りから孤立したあの人はどう動くのだろう。
俺を責めにきて、さらに泥沼にはまってくれるのか。
それとも、泣いて孤独を味わうのか。
部活でも孤立してんだろうな。
せっかくの居場所さえ失ってしまったら、どうなるんだろう。
あぁ、楽しみだ。
頼んでもいないのに、俺の期待する、求める情報を持ってきてくれる名も知らない女子達に、初めて感謝した。
お前らも役たつことあんのな。
もちろん、顔には出さずに、悲劇の王子を演じてるんだけど。
早く、俺に赦しを請いにきてくれよ、先輩。
にしても、ここ数日、秋野空先輩は何の行動も起こしていないらしい。
クラスでもはぶられているってのに、その孤立を素直に受け取っている。
つまらない。
先輩のは、ただの虚勢?
なら、その虚勢さえも崩してやりたい。
あんたが行動を起こさないなら、俺が起こしてやるよ。
昼飯を一緒に食べようと言ってきた女子達を、先輩と食べるから、とやんわり断ると、皆一様に不機嫌そうな顔をする。
ほんと、計画通りに動いてくれる。
ここで、俺はもう一度申し訳なさそうに顔をして、謝った。
これで、もっとあの人への風当たりが強くなる。
いつか、あの人と初めて会った教室。
珍しい俺の登場に、男女問わずざわめいた。
その中で、一人孤立しているあの人。
あぁ、ざまぁみろ。
「先輩!!」
元気よく、あの人を呼ぶ。
より、独りであることがみじめになるように。
なのに、なんの反応もせずに、スマホ片手にお弁当を食べていた。
は、おい。
俺が声かけてんだから、
反応しろよ。
何、俺を見ないで、スマホ見てんだよ。
ふざけんなよ。
「もー、先輩!!秋野先輩!!!」
今度は名指しで呼んだ。
呼びながら、教室に入って、あの人の元を目指す。
だけど、あの人は俺が目の前に来て初めて、俺の存在に気づいたようだった。
初めての扱いに、俺は戸惑った。
「返事してくださいよー」
俺は決して影は薄くない。
むしろ、濃いほうだ。
なのに、気づかなかったのか?
素面で俺を見上げる秋野空に動揺するしかなかった。
「お昼一緒にいいっスか?」
「……へ?」
返事なんて聴く気ないけどさ。
俺はパンを置いて、空席だった先輩の前の椅子に座った。
先輩も俺の登場に驚いているようだったけど、俺だって動揺してんだよ。
まずは、落ち着け。
俺。
主導権を握って、この人を追い詰めさえすればいいんだから。
「あ…、美味しそうっスね。先輩の手作り?」
「あー、うん。手抜きだけどね」
そりゃ、わかるよ。
俺のまわりの女子ほど凝ってはない。
だけど、栄養バランスがよさそうな弁当の中身に興味が湧いた。
「嘘だー。一口もらってもいいっスか?」
「あー、うん」
「いっただきまーす。………ん!うまっ!!」
「どうも」
俺が誉めているというのに、反応は薄い。
まぁ、美味かった。
フツーに。
そんなに味もしつこくなかったし。
…じゃねぇ!
俺と一緒に飯食ってんのに、スマホ握ったままとか何なんだよ。
苛つきながらも、俺は先輩のスマホを覗きこんでみた。
「ライン…か」
「うん」
相手は…、修君?
男かよ……。
彼氏?
いや、まさか。
そんな話聞いたことない。
「そういやメアド教えてなかったっスよね。受信してもらっていいっスか?」
「あ…」
あぁ、苛々する。
半ば無理やり手中に収めたスマホをいじる。
電話帳を見れば、ほとんど男の名前。
俺のメアドを登録しながら、俺は同時に疑っていた。
男好きじゃねぇか。
「はい。できた」
「どうも」
そんな胸中を悟られぬよう、俺は微笑みながら、スマホを返した。
そして、思い出したことを告げる。
「あ、それから先輩。俺のこと名前で呼んでもくれてもいいですから」
この人、一回も俺の名前を呼んだことがない。
恋人のふりをさせるなら、名前呼びぐらいさせたほうがいい。
しかも、この人のクラスでとか、一番ダメージがでかいだろうし。
先輩が口を開いた。
彼女が俺の名前を呼ぶことで、より恋人らしくなる。
そして、より彼女を追い詰めることが…。
「う、うん。わかったよ、“コウセ”君」
は…?
いや、待て。
この女、今、なんっつった?
コウセ?
誰だよ、それ。
俺はキセリョウタだぞ。
誰かと勘違いしてる?
いや、この女は空気が固まった空間に動揺しているようだ。
素で間違えた?
まさか、俺のこと知らない?
いや、あの時、確かに俺の名前が出てた。
それで話が通じてた。
でも、今、この女はスマホを一度確認してから、コウセって言った。
俺の名前は、存在は、あんたの記憶の片隅にも留まらないほど、ちんけな存在だった?
「あはは。先輩冗談好きっスよねー。黄色の“黄”に瀬戸内海の“瀬”で“キセ”って読むって、いつも言ってるのに」
誤魔化せ。
胸中を悟らせるな。
ここには、この人だけじゃなくて、他にもいる。
“黄瀬涼太”であれ。
「それに名前で呼んでいいんですよ」
俺は、この人の視界にすら入っていなかったのか?
この“黄瀬涼太”が。
一度、見捨てられたのに。
この人は何も感じていなかったのか?
俺だけが、憶えていたのか?