心と秋の空
□3.酸
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また、かよ。
靴箱にはいった封筒を見て、俺はもう、何も感じることはなかった。
俺とすれ違い色めきだつ女子達に笑顔をふりまくことにも、何も感じない。
クラスで、女子に囲まれ、男子とは敬遠されることにも、何も感じない。
ただ、廊下を通るときに時々視界に入る、名も知らないあの人を見つけるたびに、言い知れぬ感情が俺を襲った。
あえて、言語化するならば、羨望、同情といった類。
移動教室のときに、クラスメイトであろう女子達の後をついて回る。
でも、単独で移動していることも多かった。俺のまわりの女子よりは、団体行動を好まないらしい。
それに対し、部活に行く時だけは、至極嬉しそうだった。
多分、マネージャー。
あぁ、あんたの居場所は部活にあるのか。
俺には手が届かない場所に。
それでも、俺はあんたが羨ましいよ。
クラスになくとも、居場所があるんだから。
昼休み。
人気のない、二年校舎入り口の影になった場所で、俺は女子生徒に呼び出されていた。
案の定、告白。
名も知らない、初めて会った女子は、いつものように“優しく”断ってやったのに、食い下がってきた。
「なんで!?私、こんなに涼太のこと好きなのに!」
初対面での、呼び捨て。
慣れている。
だって、俺は“黄瀬涼太”だから。
「ごめん。だけど、
「建前なんて、どうでもいいの!付き合ってよ。あぁ、そうだ。一週間くらい試しに付き合ってみない?それで、私のこと好きになってよ」
…」
まるで、いい案だというように、満足げに笑う女。
好きになんてなんねぇよ。
俺は、ペットじゃねぇんだ。
恍惚とした表情の女が近づいてくる。
近づくんじゃねぇよ。
てめぇは“俺”の何を知ってる。
何を望む。
何を期待してんだよ。
あんたが、望むのは、
欲しているのは、
期待してるのは、
知っているのは、
“黄瀬涼太”だろ。
思わずその女から目をそらした。その先にいたのは、あの人だった。
呆然としているあの人。
俺に近寄ろうとしていた女は、部外者の登場に人工的に描かれた眉を吊り上げた。
それに気づいて、俺はいい考えを思いついた。
この女よりも、もっといい考えを。
未だ身動き一つしないあの人に近づいて、肩を抱いた。
告白してきた女に見せ付けるように。
「俺、この人と付き合ってるんで、申し訳ないけど、諦めてもらってもいいスか?」
カッと怒りに顔を赤らめた女。
俺ではなく、俺の隣にいる人を睨みつけて、走って逃げていった。
そりゃ、見た目が地味で、取り得なんかなさそうなこの人に負けるなんて、プライド高い女ならブチ切れるか、逃げるしかないよな。
ほんっと、くだらねぇ。
思わず溜め息が出た。
てゆーか、また、この人は脅えてるのか?
見てみよう。
俺を見捨てた女が、俺の彼女宣言をされて、どんな表情をしているか。
彼女から一度、身体を離して、向き直ってみた。
…は?
俺の瞳に映ったのは赤く染まった顔。
待てよ。
あんたも、さっきの女と同じなのかよ。
そんなに、“黄瀬涼太”がいいのかよ。
前にみたいに、脅えた表情で俺を見ろよ。
恐怖に染まった顔で。
あんただけは、違うんじゃなかったのかよ!
何かが壊れる音がした。
「ということなんで、よろしく」
きっと俺は、冷めた目でこの人を見ている。
笑うことなんてできなかった。
“俺”には、余裕なんてなかった。
その後は、教室でクラスメイトの女子と昼飯食って、放課後まで過ごして、また、校舎裏に呼び出されて、告白された。
自分の想いを告げて、不安そうに俺を見上げる女子生徒。
「ごめん。俺、付き合ってる子いるんスよ」
「あ…。やっぱり、いたんだ」
「ごめんね」
「ううん。まさか、秋野空先輩だとは思わなかった。あの人、男っ気なかったし。それに、先輩と黄瀬君が一緒にいるとこ見たことないし」
秋野空。
それが、あの人の名前か。
「黄瀬君から、告白したの?」
彼女の問いに、俺は演じた。
困っているような、不安そうな表情を。
「先輩からっスよ。でも、あんまり恋人らしいことはしてなくて、先輩も部活が忙しいから、あんまり関わらないでほしいって。たまに、デートとか誘うんスけど、部活部活って言って」
「え…」
「部活で一生懸命な先輩のことが好きなんスけど、全然俺のこと構ってくれないし…。それに、別の男とよくいるの見るし…。浮気されてんのかなって考えると……。でも、信じないといけないっスよね。俺の彼女だし」
「………」
「ごめん。愚痴っちゃって。また、明日」
「あ、うん」
“俺”は彼女に背を向けて、笑った。
確か彼女は大人しそうな顔をして、情報網はすごい。
噂にも敏感で、俺にもいろいろ教えてくれる。
さっきの彼女の顔は俺の予想通りだった。
嫉妬に染まった顔。
予想通りに動けよ。
それぐらいいいだろう?俺の期待を返してほしいんだ。
あんたなら…と、俺に期待させたあんたが悪い。
“俺”は悪くない。
だからさ、その罰として、俺が贈る辛酸を味わってよ。
ねぇ、秋野空先輩。