心と秋の空

□2.荷
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キャー!!
 

黄色い声援が上がる。

その原因は俺がサッカーでシュートを決めたから。

何度目か分からない得点に、俺は何も感じることはなかった。

だって、弱すぎる。

相手のゴールキーパーはサッカー部の新人レギュラーだったはずなのに。


全然熱くなれない。

つまらない。


冷めた俺の心のように、青々しい空を睨んだ。

意味などないのに。













「うぜーよな。黄瀬」
 

さっさと更衣室から出た俺。

ドアを閉めるのと同時に聞こえた声に、俺は何も思わない。


感じるな。

さっさと立ち去れ。


「あぁ。あんだけ点とってんのに、喜んですらいねーし」

「てか、あれで初心者だろ。点とるたびに女子に手ふるとか、アイドルかよ」

「モデル様だろ」

「はっ、言えてる。王子様なんだろ」

「かぼちゃパンツでも持ってんだろーな」

「今度聞いてみっか?」
 

ちげーよ。

王子なんかじゃねーよ。

ただの男子中学生にきまってんだろーが。

ばーか。
 

背中にあるドアを開けて、俺を罵るクラスメイトにそう叫びたくとも、俺はできなかった。

理想である“俺”を捨てられなかった。


「あ、黄瀬君。もう着替え終わったの?」
 

クラスに戻れば、女子がいた。

いたのは彼女一人だけ。


あれ、名前、なんだっけ?


「そっちこそ、早かったっスね」

「あ、あのね。涼太君」
 

あぁ、お前もかよ。

顔を赤らめる彼女のその姿に、俺は吐き気を覚えた。

名前も知らないクラスメイトの声に、視線に、言葉に、悪寒が走る。


「私、涼太君のこと好きなんだけど、付き合ってくれない、かな?」
 

俺を見つめるクラスメイトの声が、視線が、言葉が、ナイフのような気がしてならなかった。

確かに、どこかが痛かったんだ。

 














放課後。
 

俺は体育の後に告白してきたクラスメイトとは別の女子生徒から呼び出しをくらっていた。

もちろん、どちらの告白も断った。
 


あんたらは、俺の何を見て、好きになったんだよ。

安っぽい愛情なんか、俺は要らない。

てめーらの感情を、理想を俺に押しつけんじゃねぇよ。
 


なんて、言えるわけもなく、あの人の言う“人形”のように、理想の“黄瀬涼太”を演じた。
 


“俺”って、何なんだろ。

“黄瀬涼太”って、誰だ。
 



静かな校舎裏で、忌々しいほど清々しい空を見上げた。

考えることさえ意味などないのだけれど。

 

馬鹿馬鹿しくなって、俺は帰ろうと靴箱へ向かった。時間の無駄だから。


「お疲れ様!!」
 

いつか聞いた声に、懐かしさを覚えた。

視線をやれば、いつかの、あの人。

笑っていた。

心の底から。

楽しそうに。

嬉しそうに。

誇らしそうに。
 

そして、その笑顔は主将っぽい男子生徒に向けられていた。

俺に向けていた、恐怖の表情など微塵もなくて。

そのことに気づいて息がつまった。
 

ロードワークが終わったらしい集団に声をかけるあの人は、確かに自分の居場所を確立していた。

羨ましい。

持ってんなら、俺にも分けてよ。

くれよ。

作り方を教えてくれよ。

あんたは、“俺のこと”知ってんだろ。

なぁ、先輩。
 

逃げんなよ。

助けろよ。
 
痛いんだよ。

苦しいんだよ。
 
泣けねぇんだよ。

叫べねぇんだよ。

のたうちまわれねぇんだよ。
 
 














俺の背中にある荷重は明らかに俺の許容の域を超えていた。


だけど、降ろすことは許されない。

泣くことも許されない。

拒絶することも許されない。

叫ぶことも許されない。

膝をつくことも許されない。

投げ捨てることも許されない。
 

膝をのばして、

背筋をのばして、

後ろは振りかえらず、

前だけを向いて、

この道を進まなければならない。
 

だって、期待されてる。

必要とされている。

“黄瀬涼太”が。
 

なら、それに応えるしかないだろう。
 

“俺”に気づいてくれたあんたが助けてくれねぇなら。
 




足首にはりつく、見覚えのある手を踏み潰してでも。
 

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