心と秋の空
□1.位置
1ページ/1ページ
黄瀬君って、王子様みたいでカッコイイよね。
そう言ったのは名も知らない女子生徒。
俺は彼女に対し、ありがとう、と応えた。
その俺の反応に彼女は気を良くしたのか、嬉しそうに笑う。
あぁ、俺は笑えているんだ。
彼女の瞳に映る自分を見て、そう理解した。
姉が勝手にやったこと。
だけど、それを受け入れたのは自分自身だった。
モデルという仕事は思ったよりもやりがいがあった。
自分が他のやつよりも整った容姿をしているという自信はあったし、スポーツに熱くなれることもなかったから、モデルは逃げ道だった。
自分を誇示するための、手段に過ぎなかった。
だけど、スタッフは優しかったし、尊敬できるモデルの先輩もできた。
前よりは充実したように思えた。
だけど、それは思えただけだった。
学校でも、俺はモデルの“黄瀬涼太”だった。
容姿のことでいろいろ言われるのは小学校からだったけど、モデルを始めた中学校からではそれが顕著になった。
俺を見て騒ぐ名も知らない女子。
俺を見ていい顔をしないクラスメイトの男子。
彼らが見ているのは“黄瀬涼太”であって、“俺”じゃない。
その事実がどうしようもなく、痛かった。
だけど、その痛みは見せてはいけない。
だって、“俺”だから。
イケメンで、
女子に優しくて、
スポーツ万能で、
勉強はまあまあだけど、
カッコイイ“俺”だから。
そうでなければならない。
そうあらなければならない。
それが“黄瀬涼太”だから。
教師にこの前の中間テストのことで呼び出された俺は、近道として二年校舎を歩いていた。
他の人たちは部活に行って、静かな廊下。
だけど、ある一室から女子の声が聞こえてきた。
「てか、知ってる?一年の黄瀬君!」
「知ってる!めっちゃカッコイイよね。モデルしてるんでしょー」
あぁ、俺の話か。
何も感じない。
慣れている。
だって、“俺”はイケメンだし。
「ね、ね。彼氏とかにしたいとか思わない?」
…何も思わない。
何も感じない。
慣れろ。
だって、俺は“黄瀬涼太”だろう?
「あんまり、興味ないかな」
「えー、カッコイイじゃん」
「だよー。夢ないなー」
「あんまり、彼氏とか興味ないの?」
あぁ、俺がタイプじゃない子もいるんだ。
だけど、俺が笑えば、気をよくしてくれる。
俺が話しかければ喜んでくれる。
俺が名を呼べば、顔を赤くする。
俺が、
「うん。今は部活かなって。それに、何か“お人形さん”みたいだなって」
その言葉に、俺は何かを感じた。
何も感じるはずのない、麻痺したはずの心で。
どういう意味だろう。
その言葉は。
彼女はどんな顔で、どんな想いで“俺”を、俺をそう評した?
「まー、こんだけかっこよければねー」
っ…!
やっぱり、“俺”のことを、容姿を賞賛しただけか。
あぁ、何を期待した?
期待なんてするな。
皆同じだ。
見ない。
見えない。
視ることをしない。
どうせ、その期待は無意味になるだけなんだから。
そう。
俺は知っている。
なのに、足は動かない。
教室から俺を“お人形”と評した女子生徒が出てくる気配がする。
見たい。
会いたい。
聴きたい。
「あ…」
平凡な、地味な容姿。
でも、直感した。
彼女だ。
声をかけようにも、恐くて聴けない。
さっきの別の女子生徒のような考えだと思うと。
憶測でしかない恐怖に足をとられていると、彼女は顔を青ざめさせて俺に背を向け、走り出した。
いや、何でそんな顔をするんだよ。
何で、俺に脅えてんだよ。
俺が何かしたかよ?
聴いてない。
彼女の言う“お人形”は、さっきの女の言うお人形じゃないのかを。
「待って!」
そう決めた後の俺の行動は俺自身が驚いた。
長い足と優れた運動神経を駆使して、後ろ姿の見えなくなった彼女を追ったのだから。
そこまでして、彼女を引き止めたいのか?
気づいたら、階段の踊り場で彼女の腕を掴んでいた。
「な、なに…」
脅えさせてしまった。
そのことに恐怖感しか湧かなかった。
「あ、脅えさせてごめんなさいっス」
ぱっと手を離した。
それでも、目では彼女を捕らえたまま。
今、ここで聴かなきゃ、もう二度と聴けない気がしたから。
「あの、盗み聞きしてたわけじゃないんスけど、俺が“人形”ってどういう意味っスか」
きっと、彼女は俺が求めている応えを持っている。
運命論者ではないけれど、そんな気がしてならない。
彼女の俺を視る瞳は、今まで見てきた人たちと違う気がしたから。
さぁ、教えて。
君は“俺”をどう視ている?
「だって、貴方、学校ではずっと自分の意志で動いていないから」
「え…」
「他人の目を気にして生きている。他人の理想像であるように、自分を取り繕っている。まるで、“人形”みたいに」
「あ……」
思わず目を見開いた。
思わず延ばした手。
やっと見つけた。
俺の、理解者。
一歩踏み出せたと思っていた。
だけど、俺の“位置”はやっぱり、“俺”の位置にすぎない。
期待しては、
求めてはいけない。
期待され、
求められなければならないんだから。
彼女の後姿を見て、俺の行き場を失くした手を見て、改めてそう思った。