心と秋の空
□15.従:護
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帝光中二年の春。
見知らぬ顔ぶれに戸惑いながらも、珍しく部活の開始が遅れるということで、私はクラスメイトである女子生徒達のトークにつき合わされていた。
「てか、知ってる?一年の黄瀬君!」
「知ってる!めっちゃカッコイイよね。モデルしてるんでしょー」
「そうそう。彼、中学生なのにすごいよね。今日の三時間目とか体育で野球してて、全席ホームラン打ってたんだよ!ピッチャーも無失点でおさえてたし!!運動神経も抜群とか、マジイケメン!!」
「へー」
「背も高いしさー。声もイ・ケ・ボ。あんな彼氏ほしー」
「あんた、声フェチだしね。でも、あんなかっこよくて、つい数ヶ月前まで小学生って反則でしょ。萌える!」
「おーい、ショタコン。自重しろ」
「あんなかっこよくて、イケボで、運動神経よくて、優しいとかマジ王子!帝光のプリンスじゃん!」
「…へー」
「てか、秋野ちゃん、さっきから相槌ばっかだけど、黄瀬君とかタイプじゃないの?こんなにイケメンなのに」
クラスメイトが見せてくる雑誌には今流行であろうファッションに身を包んで微笑んでいる帝光中の一年生という男子生徒がいた。
その容貌は整っているとは思う。
すらりとしていて、筋肉も中学生にしてはほどよくついている。
未だ幼さ残る中性的な面差しに、特徴的なまつげが印象的。
中学生でモデルとかすげーな。
と程度にしか思えない。
私なんかレジ打ちでさえ無理だと思うし。
「ね、ね。彼氏とかにしたいとか思わない?」
彼氏に“したい”っか。
なんか、ペットにしたいってニュアンスっぽい。
まるで、物のような扱いはあまり好きではない。
だけど、それを口にして、上辺だけとはいえ、友好的な関係を崩したくもない。
自分がかわいいだけの人間だ。
「あんまり、興味ないかな」
「えー、カッコイイじゃん」
「だよー。夢ないなー」
「あんまり、彼氏とか興味ないの?」
「うん。今は部活かなって。それに、何か“お人形さん”みたいだなって」
一度、校内で女子生徒に構っている彼を視たことがある。
本心ではないことばかり行動し、発言し、彼女達の機嫌をとっていた彼。
サラッサラの黄色の髪に、綺麗な黄色の瞳とバスケやっててもおかしくない長身。
あれほど目立つ容姿だ。
名前は印象に残らずとも、その姿は印象に残る。
それ以上に、彼の瞳に興味が湧いた。
やめてくれ、と懇願する彼の色に。
それは誰かにではなかったことがわかった瞬間、私は彼に同情と憐憫を抱いた。
でも、それだけ。
声をかけることも、視線を合わせることも、手を伸ばすこともしなかった。
見捨てたのだ。
「まー、こんだけかっこよければねー」
恐らくクラスメイトの言う“人形”とは整った容貌のことを指しているのだろう。
あぁ、なんで自分には視えてしまうのか。
「……あ、そろそろ体育館行ってくる」
「あと10分くらいあるんじゃない?」
「マネージャーだから、いろいろ準備があるの」
「そっか、大変だね、バスケ部のマネージャーとか」
「でも、今年イケメンが何人も入部したって聞いたから羨ましい!」
「あはは。じゃ、また明日」
「ばいばい」
「じゃーねー」
「またねー」
カバンを片手に、私は彼女達の前から逃げ出した。
彼女達に自分の罪をつきつけらたわけでもないのに。
今頃になって、あのときの彼の色に酷く罪悪感を感じた。
あぁ、早めに仕事にとりかかって“忘れよう”。
そう思っていたのに、教室から出ればその彼がいた。
「あ…」
戸惑いの視線が向けられる。
さっき聞いたはずの名前は思い出せない。
あの時の罪悪感が蘇る。
反射的に足が階段へと向かう。
いつもよりも早いペースのそれに自己嫌悪で頭がぐしゃぐしゃになる。
「待って!」
階段の踊り場で彼に腕を掴まれた。
振り返れば鮮やかな黄。
コンパスの差か、彼はすぐに追いついたようだ。
逃げたい。
だって、廊下にいたなら彼は私達の会話を聞いていたはずだ。
あの時のことは口に出してはいないのに、強い罪悪感のせいか、そのことばかりが頭を巡る。
どうして、“視線”に気づけなかったのか。
いつもなら、気づけたはずなのに。
「な、なに…」
震える。
声が。
肩が。
足が。
彼を直視することができない。
「あ、脅えさせてごめんなさいっス」
ぱっと離された彼の手。
だけど、足が竦んで逃げることができない。
彼の視線が私に絡み付いて、逃げることができない。
「あの、盗み聞きしてたわけじゃないんスけど、俺が“人形”ってどういう意味っスか」