心と秋の空

□14.従:支
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今日、帝光中学バスケットボール部は全中二連覇を果たした。








 

会場の控え室から少し離れた自販機の隣のベンチで、私は目の前を通り過ぎていく他校のチームを視界に映すことができなかった。
 


絶望。
 


その一言で表すことしかできない彼らの視線。

私のこの、帝光の制服を見るだけで彼らはその色を示す。
 
これほどに濃く、冥いものであれば、恐らくはきっと、彼らは来年バスケットボールを触れることはないのだろう。
 




全国で優勝したというのに、一軍マネージャーである私の口はチームメイトに

“おめでとう”と、

“頑張ったね”と、

言う事ができなかった。


去年までは素直に喜んで、彼らと歓喜を共感していたのに。
 


複雑な想いを胸に俯いていると、遠くから焦ったような、心配げな視線が私を貫き、近づいてくる。

この視線の主を知っている。その視線の理由を知っている。

だから、この胸中はさらしてはならない。


繕え。

喜べ。

労え。


それが、マネージャーとしての仕事だ。


「あ、お疲れ様。黄瀬君」

「お疲れ様っス」
 

軽く走ってきたのだろう。

彼の息は少し荒くなってた。

彼の純粋な視線が私を射抜く。

私は微笑を浮かべたまま、わざわざ控え室から離れた場所までやってきた彼の言葉を待つ。


「どうかしたんスか?」

「なんでもないよ。これで、部活三昧の学校生活も終わりだなって」
 

立ったまま心配げな視線を私に向ける黄瀬君。

用意していた言葉を、私は紡ぐ。


これは伝統だ。

今まで部活に打ち込んできた分、これから受験に専念しなければならないから。
 

この事実を告げれば、彼は寂しそうに眉を下げる。

まるで、わんこのように。
 


彼はこの部活に入って変わった。

いい方向に。

信頼できる仲間を、尊敬できる仲間を得た。

それゆえに、無防備な自分を見せることに対し臆することもなくなっていた。

たとえ、信頼できる、尊敬できる人間が限られるとしても、彼にとっては大きな第一歩だから。
 


あぁ、私は彼らを置いて、一軍体育館からいなくなる。
 


部を去ることに、私は寂しさを感じていたわけではなかった。

いや、感じてはいた。

それ以上の底知れない不安が私の胸中を埋め尽くしている。
 


灰崎君の退部。

『キセキの世代』と呼ばれ始めた二年生。

青峰君の才能の開花。
 

この数ヶ月に起きた出来事はどれもこれも、私にとって好ましいものではなかった。

違う。

この部にとって、よい影響をもたらすものでは決してなかった。

例え、いい結果を残せたとしても。

いい影響はもたらされない。
 

せっかく得たものを彼はどうするのだろう。

この悪い事態へしか向かうことのできない状況下で、彼は守れるのだろうか。

大切なものを見落とさずにいられるのだろうか。
 

このことを伝えるつもりはなかった。

確証もない、ただの憶測。


優勝した歓喜に浸っていただろう彼らに、

より高くなった彼らの位地の重圧に耐えなければならない彼らに、

未知なる不安と恐怖を植えつけたくはなかった。


違う。

逃げたいんだ。

目を背けたいんだ。


愛着をもちはじめた彼らが変わってしまう姿から。

愛しい時間の彼らを、想い出としてこの胸に閉まっておきたいから。


「…優勝したのに、あんま嬉しそうじゃないのって、本当にそのせいっスか?」
 

赤司君達の半分も彼とは同じ時間を過ごさなかった。

だけど、彼は私を視ていた。

私が彼を視ていたのと同じくらいに。

いつもなら、流してくれるのに、最後だからとでも思っているのだろう。

珍しく食い下がってきた。


「それ以外に何があるの?優勝できたのは嬉しいけど、やっぱ終わりかーって思うとね、やっぱり寂しいんだもん」


「……っ。秋野先輩、前に言ったっスよね。

“自分から相手の領域に踏み出すことさえしないのに、相手の位地を決め付けるのだけはしちゃいけない”

って」
 

彼は私との距離をつめると、制服に包まれた右肩に触れる。

そのことに気づかないほどに、私は彼の瞳に慄いていた。


「先輩の、隠してる領域に踏み込んでもいいっスか」
 

真剣な眼差し。

覚悟を決めた視線。

目がそらせない。

声が出ない。

指一つ動かせない。
 

それほどまでに、彼は綺麗だった。

容姿が整っているという意味ではなく、真っ直ぐだったのだ。


彼の想いは。


決して軽くはないその想いを秘めていてくれると思っていたのに。

裏切られたというよりも、罪悪感しか浮かばない。
 

応えられない。

応えることなどできるはずもない。
 

彼の指が頬に伸びる。
 

私が彼に向けているのは、ただの贖罪に似た、同情にすぎないのだから。
 

彼の顔が近づいてくる。

抵抗しないことを同意と捉えたようで、彼は瞳を閉ざした。



「……っ」
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