心と秋の空
□13.従:傘
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水が地面を叩く音が聴覚を支配する。
重力に従う雫が視界を侵す。
「…ちくしょー」
突然の夕立に、雨足が弱まることを願いながら、曇天を見上げるも、一向に止む気配はない。
本日は部活は休みであったが、担任に所用を頼まれたため、今の今まで残っていたのだった。
しかし、生憎の天候不良。
このまま濡れて帰るにしても、多忙なバスケ部マネージャーとしてはそれを避けたい。
体調を崩して、部員達に迷惑をかけることははばかられる。
幼馴染である主将は父親の見舞い。
レイは仕事。
灰崎君はさぼり。
レイのお兄さんも仕事。
靴箱の傘立てには一本も傘などない。
タクシーに乗る手持ちもない。
母親とは音信不通状態。
「……濡れて帰るか」
選択肢がそれしかないということを理解し、教科書やノートの入ったカバンを胸に抱え、いざ屋根の外の世界と一歩踏み出そうとした。
はずだった。
ぐいっと引かれる右腕。
固い何かに背中がぶつかり、再び屋根の下の世界へと戻された。
「先輩、傘忘れたんスか?」
視界を侵したのは薄暗い空間でも目立つ黄色い瞳。
咄嗟のできごとに答えることなく、その瞳をみつめていると、黄色い瞳の彼は慌てたように距離をとる。
今気づいたが、その距離は異常に近かった。
そのことを自覚し、一気に熱が頬に集まる。
視線をずらして、口元を右手で覆い、先ほどの質問に答えるように首肯した。
正面から向けられる、久しい視線は穏やかなもの。
「そうっスか。俺の傘に入って帰りましょ。女の子なんだから、風邪引いちゃダメっスよ」
口の端に乗せられた微笑。
能面のようなものではない。
至極やわらかいそれに戸惑いながらも、運のよさに便乗しようとお願いした。
そして、その表情の意味を知っているからこそ、迂闊に否定もできなかったから。
私の了承を受けて、彼は目元を緩め、穏やかな表情を見せた。
数ヶ月ぶりの彼との、黄瀬涼太君との一対一の接触にどう対応すべきなのかが分からない。
彼の視線を読み取れるからこそ。
そっと寄せられた肩。
慣れたような手つきを感じながら、彼の穏やかな視線を受けながら、彼に身を任せて、屋根の内の世界から傘の内の世界へと一歩踏み出した。