心と秋の空

□9.求
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「あ、あの…」

「………秋野空」

「は、ひゃい!!?」
 

“しろがね”さんのブレザーの上着を頭に被せたまま、私は“しろがね”さんに手を引かれて、学生でごったごったの廊下を歩いていった。

容疑者のような格好のおかげで、私だとばれることはなかったけど、“しろがね”さんが歩みを進めると道ができたのには驚いた。


しかも、“しろがね”さんに向けられる多くの視線は

尊敬、

羨望、

畏怖、

恐怖、

恋慕、

…エトセトラ。


ここまで多くの視線を集めるヒトは見たことがなくて…。

さらには、その視線の中に悪意がほとんどない。

恐怖や畏怖は畏れ多いみたいな敬遠している感じだ。
 

彼女のブレザーを被る私には嫉妬の眼差しが突き刺さって痛かった。


「落ち着け…」
 

呆れたように溜め息をつく“しろがね”さん。
 


そして、現在は調理実習室で二人っきりだ。


どうして、調子実習室?


と思っていると、彼女はいつの間にか私の前に紅茶を置いていた。

鼻孔をくすぐる柑橘系の香り。

ティーカップは可愛い花柄で、女子であるのに、男子よりかっこいい“しろがね”さんにはイメージが結びつかなくて、少し噴出してしまった。
 

口に含めば、独特のくせと酸味が口腔いっぱいに広まる。

程よい温度の液体は、先ほどの出来事で冷え切っていた体を温めてくれた。


「オレンジペコー?…ですか?」

「・・・あぁ。口に合うかは分からんが」

「すごくおいしいです」

「そうか…」
 

少し目元が緩んだ“しろがね”さん。

あぁ、このヒトが無色の視線のヒト。


「あの、お聞きしたいことがあるんですけど…」

「あぁ、なんでも聞いてくれ。君には真実を知る権利がある」
 

堅苦しい言葉だけど、彼女の纏う空気はやわらかい。

まるで、あらかじめ私が緊張症だと知っているから、あえて空気を変えているようなそんな感じ…。


「今回の経緯を全て聞かせていただけませんか?」
 

そう尋ねれば、彼女は少し困ったように眉を下げた。


「俺の言葉を全て信じる気か?」

「はい…」

「どうしてだ?」



「あなたはずっと私を見守っていてくれたから。

ずっと求めていたんです。

私を愛してくれるヒトを。

無償の愛をくれるヒトを。

それが、憐憫からくるものでも構わない。

“私のこと”を知っていてもなお、私を愛してくれるヒトを」
 

視線を読み取るこの能力を親に相談した時から、私の家庭での立場は崩壊した。

確か幼稚園の時だっけ。

初めて多くの同年代の人たちの中でいろんな視線の情報処理に追われて、よく体調を崩したっけ。



【気味が悪い】。



それが実母の言葉だった。

言わなきゃよかった。

だけど、時は戻らなくて。

それから、あまり友人はつくらなくなった。

踏み込まなくなった。

そんな中で、修君は違った。



やさしかった。

“わたしのこと”をしってなお。



でも、そろそろ終わりにしたい。

ずっと修君に依存していてはダメだ。

彼は自分の信じる道を行くべきで。

彼は自分の行きたい道を行くべきで。

ずっと彼に頼りっぱなしではダメだから。

だけど、まだ未熟な私は誰かに依存することでしか自己を保てない。

だから、修君とは別に“私のこと”を知っていてなお、愛してくれる存在が必要だった。

それは恋愛でもなく、友情でもなく、もっと別の本能的なものであってほしかった。

だって、そのほうが修君への依存から抜け出せるから。

きっと本能的な依存から抜け出すのは大変だろうけど、修君をもう縛りたくないから。



「私を、愛してくれますか」
 

つらつらと自分よがりな考えを口にする私を彼女はずっと無色の視線で見ていた。


責めない。

拒絶しない。

踏み入らない。


ただただ、許容し、一定の距離を保つヒト。


紅の瞳が私の視線と交錯する。

夕暮れ時の、優しい優しい紅色。


「……銀レイだ」

「銀さん…」

「レイで構わない。空 」
 

呼ばれた私の名前。

思った以上に彼女の声音は心地よかった。

いつも視線を読みとるのに忙しなかった私にとって、久しぶりに聴覚を使ったような感覚さえした。

それほどに彼女の声色は新鮮だった。十数年ぶりの同性からの無償の愛。


「レイ……」
 

思ったよりも自然に口からこぼれた彼女の名前。


「あぁ」
 


許容されたと自覚した。

依存されることを快諾してくれた。

依存せずに生きるために私に時間をくれることを承認してくれた。

独りよがりな私の考えを黙認してくれた。



「…今回の騒動の首謀者は、キセリョウタ。

お前が別人だと思っているモデルの黄瀬涼太であり、お前に馴れ馴れしく接している黄瀬涼太だ。

これから話すことはお前と黄瀬涼太が渦の中心であり、お前達二人の誤解と思惑によって生じた出来事であり、真実だ。


被害者と加害者で言うなれば、

お前は被害者であり、

黄瀬涼太は加害者達を唆し、動かした張本人であり、

学校のほとんどの人間が加害者だ」
 


きっと彼女の言葉は真実で、私はそれを受け入れて、その後は…。
 








ずっとずっと“求”めていたヒト。

今はまだ何も知らないけれど、きっとこのヒトに依存していけば大丈夫。

このヒトは許容してくれるから。



こんなヒトリヨガリな私を。
 

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