心と秋の空

□8.蜂
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「…本当に下衆だな」
 

今まさに、ヤられそうになっていた状況下に響いたのは涼やかなアルトボイス。

その声に、教室内が驚きに包まれる。

だって、さっきまで私達しかいなかったはずだった。

視線だって感じなかったなのに。

後ろに誰かいる。

今、私以外に向けられているその人の視線は呆れ。


「だ、誰よ!!」

「昼間っから、何盛ってんだよ」
 

バっと暗幕が開かれ、眩しい陽光が目を射抜く。

暫くして、目が慣れた私の目には光で煌く、綺麗な銀髪の男子生徒?

中性的な面差しは端整で、すごく美人だ。

だけど、その人は男子用の制服を着ているから、やっぱ男子だよね。

それにしては、線ががっしりしていない。
 

そんな風に推測していると、ドアの方にいた女子生徒が慌てて、弁解した。


「し、しろがねくん…!あの、これは……」

「全部、秋野さんが悪いの!」

「私達は何も…「るせーよ」ひっ!!」
 

一段と低くなった“しろがね”君の声。


「自分の身の弁解しかできねーのかよ。てゆーか、大人数で女陥れるとか恥ずかしくねーの?なぁ、三年の花崎ルナさん、紀本裕美さん、園原美奈子さん」

「っ…」
 


一変した空気。

まるで肌を貫通し、心臓に直接刺しこんでくるような威圧感。
 


さっきまでヒステリックだった女子生徒達はすっかり脅えている。

やっぱ、美人が怒ると恐い。



…赤司君怒らせないようにしないと…。

……よし、少しずつ余裕出てきた。



「女のくせに、男の制服着てんじゃねーよ!銀」
 


え…?

女?



「るせーな。俺の勝手だ。ぶっちゃけ、自由だろ。この学校の制度は」

「邪魔すんなら、お前からヤんぞ。いくら男ぶっても、所詮は女なんだしなぁ!」
 


やばい。

対象が彼、じゃなくて、彼女に移っちゃう。


……!!?

一瞬だけ、私に向けられたのは、あの無色の視線。

その視線の先は“しろがね”さんの紅い双眸。

この人が、私をずっと…。



「取り押さえろ!!」

「ちょっ、止めなよ!」

「るせーな!俺達はヤれればそれでいいんだよ」

「男装モデルの銀とヤれるなんてサイコーじゃねーか!!」
 

私を取り囲んでいた男子生徒全員が“しろがね”さんに向かっていった。

彼女の背が壁に押し付けられ、綺麗な銀髪が男子生徒の手によって引っ張られる。

痛いはずなのに、侮蔑のポーカーフェイスのまま“しろがね”さんは男子生徒を見上げるだけ。

抵抗もしない。


「ビビって動けねぇの?」
 

下品な笑が男子生徒達の間で起こる。

その中の一人の手が、“しろがね”さんのブレザーに手をかけた。

そのまま横に無理やり開けたため、ボタンが霧散する。


「終わりだな。お前ら全員」
 

ニヤリと笑った“しろがね”さん。
 


がっしゃぁぁぁん!!!!!



「ひぃっ!!?」
 

突然の轟音に、女子生徒達は腰を抜かし、男子生徒達も何事かとこの部屋の唯一の出入り口へと視線を向けた。

窓に突き刺さった、この部屋のドアだったモノ。

本来ドアがあった場所には、殺意むき出しの眼鏡の美青年がいた。


「てめぇら、覚悟はできてんだろうなぁ!!」
 

その見た目の美麗な容貌からは予想できない殺気に満ちた怒号。

彼の蒼い双眸は男子生徒五人を射抜く。




惨殺。

虐殺。

銃殺。

撲殺。

絞殺。

斬殺。

刺殺。

毒殺。

殴殺。

射殺。

爆殺。

抹殺。

鏖殺。





彼の視線から読み取れるのは、今まで感じたことのない、純粋な殺意。


「銀!!何をしているんだ!!?」
 

後からやってきたのは先生達だった。

だけど、その男の人は意に介することなく、その殺気に戦慄する男子生徒達に近づく。


「ひっ!」
 

一人の男子生徒の胸倉を掴んだ男性はそのまま拳を突き出そうとしたけど、先生達の数多の制止で止まらなかったのに、ある一人の一言でその殺意を抹消した。


「やめろ。双葉」
 

“しろがね”さんはボタンがなくなった、ブレザーを私の頭にかけて、先生にあるものを投げ渡した。





【こんのっ、男好き!!】

【人違いじゃないの?】

【あんたでしょ!!黄瀬君だけじゃ飽き足らず、虹村君や緑間君まで弄んで!!桃井っていう一年みたいに可愛いわけでもないのに!このクソビッチ!!!】

 



彼女が投げたのはボイスレコーダーだった。先生の手の中で、さっきの会話が流れ出し、女子生徒達は顔を青ざめさせる。


「もう一台で保険として、それと同じ会話を録音しておきました。学校側でそれ相応の対処をとらないのであれば、教育委員会及び警察・弁護士に相談することにします。快い対処をお待ちしております」

 










まさに、“蜂”のように刺し、この事件を収めた彼女は再び無色の視線を私に向けた。

そこに本当に淡く、極微量の色が浮かぶ。

それは…、ずっと私が求めていたものだった。
 

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