心と秋の空
□7.死地
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月曜の朝。
緑間君からもらったヘアピンと主将からいただいたリストバンドをつけて、朝練に参加していた。
緑間君がちらちらこちらを見ながら、嬉しそうに目元を緩めているのに気づいて、朝からいい気分だなぁ。
「珍しいですね。先輩がそんな一般的なものをつけているなんて」
「…赤司君。それじゃ、私が普段異常なものしかつけていないってことになるんだけど」
「そうなんじゃないんですか?」
むっかー。
珍しく赤司君から話しかけてくれたと思ったら、嫌味だったし…。
どうせ、中の下の容姿ですよーだ。
「今日のラッキーアイテムだそうですね。そのヘアピン」
「らしーよ。え、赤司君もおは朝信者?」
「今日は偶然TVで見たんです。それで、先輩の今日の運勢は12位でした」
「……え゛」
何ソレ。
かなり不吉じゃね!!?
「だから、絶対にそのヘアピンはなくさないでください。ただでさえ、現状は最悪でしょう?」
「……」
「いつまで他人面されるのかはわかりませんが、そろそろ気を引き締めたほうがいいです。自分だけで背負い込むのなら」
「少なくとも、君達を巻き込みたくはないよ。部活頑張ってね。一軍ルーキー」
「……そうですか」
そう言って去っていった赤司君。
その先には他の、灰崎君を除く三人の一軍ルーキー。
……あぁ、心配させちゃったな。
赤司君と話している間、彼らの視線が私に向かっていたから。
私の身を案じる視線。
それぞれ強弱はあったけど、少なくとも気にかけてくれていたみたい。
あのマイペースで、我の強い一軍ルーキーがだよ。
本当に恵まれてるなぁ。
本当に私はこのバスケ部が大好きだ。
「こんのっ、男好き!!」
痛いなぁ。
今まで以上に冴え冴えとした視線に囲まれて午前中を過ごした私は昼休みになり、トイレに行こうと廊下を歩いていた。
もう少しでトイレだったところで、空き教室だった部屋のドアが開いて、腕を掴まれた。
その後は身体を床に強く打ち付けたことが、鈍い痛みでわかっただけ。
悪意のある視線は感じていたけど、まさかこんな暴挙に出るなんて…。
赤司君がわざわざ忠告してくれたってのに。
薄暗い教室。
暗幕が閉められていて、唯一の出入り口であるドアの鍵が閉められた。
部屋にいるのは女子生徒が3人と男子生徒が5人。
本来なら人影しかわからないと思うぐらい薄暗いけど、視線の数でわかる。
女子三人は軽蔑・嫌悪・嫉妬・歓喜、男子五人は性欲・嘲笑・歓喜を含んだ視線。
女子はドアに固まって、男子は私に近づいてきている。
それだけが今の私が把握できている現状。
そして、これから起こるであろうと予測できるのは、私がこの名前も顔も知らない男子生徒達に乱暴されて、女子生徒達の憂さ晴らしになるということ。
「人違いじゃないの?」
震える声でそう尋ねてみれば、女子生徒達の金切り声が部屋に響いた。
「あんたでしょ!!黄瀬君だけじゃ飽き足らず、虹村君や緑間君まで弄んで!!桃井っていう一年みたいに可愛いわけでもないのに!このクソビッチ!!!」
「てゆーか、桃井に制裁加えてたの邪魔したのもあんたでしょ!!正義の味方のつもり?自分も男好きのくせして!!バスケ部のマネージャーやめなよ!!!マジめーわくなんだから!」
「そーよ!!桃井と一緒で、一軍の赤司君や紫原君達のことも狙ってるんでしょ!?男目当てなの丸わかりなのよ!!」
は?
わけが分からない。
何がどうして、そうなるの?
馬鹿なの?
意味が分からない。
まだ言い足りないといったていの、好き勝手言う女子生徒を男子生徒達が宥めた。
「まあまあ、あんま騒ぐと後々面倒だぜ」
「そうそう。今から、秋野の啼き声でうるさくなるんだから」
「俺から先に挿れていい?結構、タイプなんだって」
「いいぜー。俺、桃井ちゃん派ー。あの巨乳でズリたい」
「あはは。ほんとう、下衆いよなー。俺達もお前達も」
「ビッチなんだから、ゆるゆるなんじゃない?」
「いっそのこと、ガッバガバにしちゃってよ」
「っ…!!」
肩を掴まれて床に押し付けられた。
「脅えちゃってんのー?かわいい〜」
男子生徒の吐息が顔にかかる。
嫌だ。
気持ち悪い。
やだ。
助けて。
誰か。
誰か。
いや。
「ぁ……」
声が出ない。
このまま…、私……。
原因がわからないこの“死地”で、私が助けを求めたのは幼馴染でも、後輩でも、チームメイトでもなかった。
名前も姿も知らない、あの無色の視線の持ち主のこと。
だって、あの視線は…。