心と秋の空

□3.酸
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朝練は…、まあ大丈夫だった。

一部の部員からは好奇の眼差しで見られていたけど、虹村君と仲のいい部員からは励ましと言葉をもらった。


「気にすんな」とか、

「所詮、噂だから」とか、

「お前女子力ねぇから、貰い手いねーよ(笑)」とか…。


………最後は、虹村君だね。

部員達が見てない時に、思いっきり、耳引っ張ってやったゼ。
 


一軍ルーキーは驚くほどいつも通りだった。

我が強すぎるからか、マイペースすぎるからなのか、噂を知らないからかはわからなかった。

だけど、その平常さは、てんぱりやすい私にとって救いだった。
 


教室は私を無いものとして扱う。

たまに、鋭い視線が突き刺さることもある。

その視線はクラスの中でも派手な女子グループ。

あんまり話したことないんだよねー。

てゆーか、私あんま友達といえる人いなくね?

ずっと、バスケのマネジに専念しすぎで、友達づくりとかしてなかったからなー。

お弁当食べるグループも比較的空気を読む、平凡系の女子グループだったし。
 


あー、お昼はぼっち飯確定かー。



「いただきまーす」
 

小声で呟き、私は箸を手にとった。

今日はちょっと手抜き。

どうせぼっちなら、気合入れなくていいかなーって。


「先輩!!」
 


おー、元気な声。

一年生の男子かー。

部活の先輩とでも食べるのかな?
 


私は特に興味もないため、スマホ片手にお弁当を食べていた。



え?何してるかって?

暇だから、虹村君にライン。

行儀悪いけど、暇なのよ。

一人いや〜んなのよ。

だから、寂しさを紛らわすためにライン。

既読つくから安心なのよねー。

スルーしないでほちいなー。



「もー、先輩!!秋野先輩!!!」
 


あら、秋野さん早く答えてあげなさいよ。

後輩君、困ってるじゃない。

…ん?

秋野って、このクラスに私しかいなくね?
 
あれ?お弁当が翳った。



「返事してくださいよー」
 

視線を上げると、いつぞやの告白されていた男子生徒。


「お昼一緒にいいっスか?」

「……へ?」
 


あれ?

名前教えたっけ?

しかも、尋ねてるはずなのに私の机にパン置いてるし。

拒否権無し?
 


しかも、心なしか、クラスがどよめいている。



そりゃぁねー。

一年が二年の教室でご飯食べるなんて、珍しいからねー。



「あ…、美味しそうっスね。先輩の手作り?」

「あー、うん。手抜きだけどね」

「嘘だー。一口もらってもいいっスか?」

「あー、うん」

「いっただきまーす。………ん!うまっ!!」

「どうも」
 

え、私この子とほぼ初対面のはずなんだけどな…。

なんか、馴れ馴れしすぎる気が…。
 

彼は購買のパンを食べながら、私のスマホを覗きこんできた。


「ライン…か」

「うん」

「そういやメアド教えてなかったっスよね。受信してもらっていいっスか?」

「あ…」
 

スマホ取られた。

受信してもらっていいっスか?って確認とられたのに、取られたんだけど。

めんどいから、やってくれる方が楽だけど。


「はい。できた」

「どうも」
 

新しく登録されたメアドの持ち主の名前は“黄瀬涼太”。


「あ、それから先輩。俺のこと名前で呼んでもくれてもいいですから」
 


…上から目線?

あと、あんまこの子の笑った顔好きじゃない。

能面みたいで薄気味悪い。
 


えっと、名前…。
 
視線をスマホに移せば、“黄瀬涼太”。
 
あんま親しくないし、気も合わなさそうだから、苗字呼びだよね。

フツー。

この場合、名前を呼ぶ=苗字を呼べってことだよね。


「う、うん。わかったよ、“コウセ”君」
 


ビシッ。
 


クラスの空気が固まった気がした。

目の前の“コウセ”君の能面が少しずれて、驚きの表情が垣間見えた。

だけど、それは一瞬で、彼は笑った。

いつもの能面の顔で。


「あはは。先輩冗談好きっスよねー。黄色の“黄”に瀬戸内海の“瀬”で“キセ”って読むって、いつも言ってるのに」
 

初めて聞いたんだけど。

だけど、それを言わさない威圧感が彼にはあった。


「それに名前で呼んでいいんですよ」
 

探るような視線が嫌だ。



気持ち悪い。

誰、これ。

本当に、人間?
 


チャラリラリ〜。
 


その着信音で我に返った。

スマホを見れば、虹村君からの返信。

相変わらず傍若無人な文字に安堵した。

ナイス、虹村君。

今度、新しいリストバンド買ってあげよう。

 
















“酸”っぱいなんて生易しいもんじゃない。

まるで、食道に張り付くほど、どろどろした粘液を、大量に胃に流し込んでいるような気持ち悪さ。

彼を前にすると、気持ち悪い。

あの、能面が酷く恐ろしい。
 

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