キセキの始まり
□11Q
1ページ/11ページ
「なーに考えてんの?」
「…俺ですか?」
コート上で言葉を交わすのは誠凛のC、レイと開桜のC、菊花だった。
やや低い声音で話しかけてきた菊花にレイは明快に微笑んだ。
「あんた以外に誰がいんのよ。やる気なさすぎでしょ」
「そうですか?」
あくまでとぼけるレイに菊花の眉間に皺がよる。
その様子を認めてさえ、レイは微笑んだまま。
「今の状況分かってるの?」
「今の日本の社会情勢はTPPや「じゃねーよ」…経済でしょうか?」
「ざけんな。今、あんたら誠凛は19点ビハインド。第3Qは後2分もない。そして、あんたはやる気のない、DFともいえないだらけっぷり。さっさと、常磐と変わんないの?」
「第4Qでメンバーチェンジしますけどね」
「監督いんの?さすがに、あのじーさんじゃないでしょ。『陣風』がやってんの?」
会話が成り立たないことに対してではなく、やる気のない相手があの『陣風』のチームメイトであることに菊花は苛立った。
後輩ながら、主将である『紅蓮』を尊敬している菊花にとって、『陣風』も尊敬しうる存在であった。
その『陣風』のいるチームにあまりにやる気のない選手がいるのだから、いくら対戦相手といえども腹がたってしょうがなかったのだ。
「俺が委任されました」
「へー。…は?」
「俺が誠凛女子バスケ部の監督です」
「………ふざけすぎでしょ」
思わず頬をひきつらせた菊花。
まさに信じられないといった菊花の様子を満足そうに眺めるレイ。
そして、至極嬉しそうに語った。
「千野菊花さん。俺は、コウの“だまし”と違って、“おふざけ”が専門なんで」
「は?何言ってんの?」
「“ふざける”ものなんですよ。俺の役は、ね。という訳で、C勝負は抜けます」
「あんた、Cの役すらやってなかったじゃない」
「でしたっけ?千野菊花さんのOF参加はずっと阻止してたつもりなんですけど」
「……なめられたものね」
明らかな挑発。
しかも、相手はやる気がない相手選手。
短気ではないが、菊花はあまりのレイの言い草にその瞳を剣呑に光らせた。
「残り1分程ですね」
「今から何かこれ以上の“おふざけ”でもするの?」
「はい。行ってきます」
「何をするつもりかは知らないけど、…行かせないっての!」
観客席。
「……あ」
「どうした、高尾」
突然声を上げた高尾に対し、静かに観戦したい緑間が不機嫌そうに尋ねた。
「いやー、銀が何かやるっぽそうなんで」
「銀が?」
「そういや、…コートにいたか?」
反芻する緑間。
それに反応した宮地はコート上でレイの姿を探した。
「いましたよ。ほんっとに、何もしないで」
「あ、いた」
「…何をしていたのだよ。銀は」
ホークアイでコート全体を見ていた高尾はレイの怠慢ぶりをずっとその目で観察していたのだった。
「何もしてなかったし」
途中参加でも頑張っている想い人である野守ではなく、ただコートに突っ立ってるだけだったレイがスタメンであることに対し、高尾は不満を抱いていた。
いくら上手かろうと、その技術を試合で使わずして、どうするというのか。
ましてや、控え選手もいるのだから、それ相応の頑張りを見せるべきなのがレギュラーではないのか。
そんなことを考えながら、高尾はレイの背中を眺めた。
「いや、…何もしていなかったわけじゃない」
「へ?」
「今の今まで、スカウティングをしていたんだろう」
「は?プレイしないで?」
素っ頓狂な声を高尾が上げることとなったのは、中谷の言葉によるものであった。
まさかの回答に高尾だけでなく、緑間や宮地を驚きを隠せないだ。
「…少なくともCの足止めはしていただろう?未知数ではあるものの銀は開桜にとっても脅威対象ということだ」
「銀は今までの試合に出ていたんですか?」
「予選トーナメント決勝戦の後半だけだがな」
「えー。マジかよ…。どんだけ試合嫌いなんだ」
「それは否めないが、その後半、銀一人だけで91得点したそうだ」
さらなる爆弾発言に高尾と宮地は頬をひきつらせた。
男子でもそうそうそんな得点を一人で出せるものはいない。
なのにそれをやってのけた女子に対し、ただただ驚くことしかできなかった。
「……は?」
「…ふざけてんな、レイのやつ」
「………そうですか」
ただ一人、緑間だけは納得していた。
「どうした?真ちゃん。何、納得してんの」
「銀はやるときはやる女なのだよ。ただ、……気まぐれなのか、何を考えて…、いや、何を企んでいるのかわからないやつだ」
その緑の瞳はまっすぐにレイの背中を見ていた。