キセキの始まり
□9Q
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雀が電線の上で遊び歩く。徐々に空が白んでいく。
枕元のデジタル時計が平日最終日を示し、シャワールームでは水音が鳴り響く。
その音は伸びてきた白い手により止まり、ガラス戸が開いて、一人の少女がバスタオルを身に纏いながら出てきた。
(約束します。青峰君に勝つと)
先日交わされた会話が彼女の脳裏に浮かんだ。
緩められた彼女の唇。
それが意味するのは期待か、諦めか。
タッ、タッ…。
早朝であるにもかかわらず、軽快なリズムが橋下に響く。
眼鏡をかけた少年が程よい汗をかきながら、ランニングをしている真っ最中であった。
「…フーッ」
(いよいよだな…)
呼吸を整えるための深呼吸。
しかし、その目には闘志が宿る。
何かを決意し、挑むように。
シュッ…。
リングに触れることなくボールがネットを揺らした。
「30本中26本だーかーらー。何割?」
首にかけたタオルで汗を拭いながら、早朝のストバスのコートで小学生らしき少女は指折り数えていた。
「んーと、半額が半分で、30本だから、半分が15本でー。26本は15本より多いから……。うん、半額以上だ!」
自己完結した少女が一人ガッツポーズをし、足元にゴール付近に転がっていたボールを拾い上げ、コートを出た。
ネコのように虹彩が細い瞳は真っ直ぐに前を見据えていた。
盆に料理を載せた食器を手に居間にやってきた母親らしき女性。
そして、食卓につき、朝食をとる少年。
「決勝リーグ」
「え?」
極一般的な家庭の朝食風景。
「今日からでしょ。すごいわねー」
唐突に母親からふられた話題に息子である少年は瞬時に反応ができなかった。
「応援行くわね!決勝だからお化粧して!」
…。
朝っぱらからなんて寒いギャグなのだろうか。
「なんてねっ。ウフフ」
極々一般的な家庭の息子娘達はそう感じただろう。
「…母さん」
しかし、この一家はその極々一般的な家庭には入らない。
「それいただき」
カチャカチャ。
赤毛のボブヘアーを揺らしながら、少女はキッチンに立ち、皿を洗っていた。
両親がほとんど帰らないこの広い家で、ほとんど一人暮らしの少女は既に朝食を終えていた。
程なくして洗い終えると、少女はソファに座り、手近にあったリモコンを手に取る。
黒かった画面に映り出したのは女子バスケの試合。
スコアボードには今日戦う相手の名前。
第1Qが終わった時点で、少女はほくそ笑んだ。
「初日は難関じゃないかな」
再びリモコンが押され、テレビの画面は黒に染まった。