The cruel game of heart

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頬を伝う透明な滴が、大地を色濃く染め上げる。

だが、その濃さは決して涙の主の髪色に勝るものではなかった。


濡れ羽色。

漆黒。

そんな言葉では収まりきらないほどの黒い髪。


「あー、絶対目ぇ腫れてるわ。これ」
 

泣きはらした顔を右手で隠しながら、キラは空を仰いだ。

決して曇ることのない空。

あの国と変わらない空。

一人で空を見上げれば、いつだって声をかけてくれる人がいた。

明るくて、捻くれていて、だからこそ、真っ直ぐな人が。


「あれー、何で君が城にいるんだ?」
 

いつかの声と重なったそれ。

キラはゆっくりと顔を前に向けた。
 

視線の先にいたのは、いつもは爽やかな笑みを浮かべる騎士。

しかし、今は、嫌悪を滲ませた眼差しで黒い異物を見ていた。


「異物って、泣くんだ。」
 

エースの侮蔑を含んだ笑みに対し、キラは鼻で笑う。


「何か用?ここは遊園地領だけど、迷子騎士」

「あれー?そうなんだ。じゃあ、なおさら、なんで君がここにいるんだ?」

「……俺の勝手だろ」
 

一瞬言葉につまったキラは、エースの瞳から逃れるように、瞑目した。

瞼に映る情景と、瞳に映る現実は異なるものだと自身に言い聞かせながら。

だからこそ、反応が遅れてしまった。
 

煌めいたのは刃。
 

それは草を薙ぎ払っただけだった。


「避けるんだ」

「なに、考えてやがる……」

 
いや、朱で滲んだ、異色の草も舞った。
 
瞠目するキラの視線の先には剣を抜いた騎士の姿。


「惜しかったなぁ。もう少しで、殺せたのに」

「…………っ」
 

首から少なくはない量の血を流すキラの表情は、決していいものではなかった。

冷汗を流し、キラは怯えた。

さらなる苦痛への恐れでも、訪れるはずのない死への怖れでもない。

いつの間にか、目の前のエースと記憶の中の人物を重ねていたことに。

どこか心の奥で、彼は自分を殺さないと信じてやまなかったことに。

その根拠も何もない期待が裏切られたことに。

記憶の中と同じ顔には確実に殺意が含まれている。


「なんで、泣いてるんだ?あはは、これじゃ弱い者いじめみたいだな!今なら、簡単に殺せそうだ」
 

キラはいつでもナイフを抜ける状態だった。

キラは幾多もの敵を殺さずに退けられるほどの実力の持ち主だった。

キラは自身の感情を押さえることが得意だった。

しかし、この時、キラがとった行動は、




――駆除だった。
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