The cruel game of heart
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そろそろ、か。
再び、剣を一閃させれば、青い花びらは霧散する。
そして、無数のそれらが宙に舞い、空気に溶けるようにして消えたあとには、赤い絨毯の上に光るいくつかの煌き。
その針は動くことはなく、静かに止まっていた。
「…………」
膝をついて、それらの一つを手に取る。
“時計”はこの世界になくてはならないもの。
これを軸に、新たな生が築かれる。
そこに、時計が止まる前の記憶が刻まれることは決してない。
わかっていても、求めてしまうのは、まだ、自分が人間だという証なのか。
ポケットから布を取り出して、そこに止まった時計を放り込む。
金属同士がぶつかる音だけが空間に響いた。
「ユリちゃーん。後で、渡すね」
「……あぁ」
振り返って、止まった時計に生を与える役割に縛られている役持ちに告げれば、思ったよりも、単純明快な了承が返ってきた。
持っていくなとか、渡せとか言われるかと思ったのに。
……でも、その隣のハートの騎士は俺のことを睨んでんな。
壊すわけじゃないのに。
それにしても、どういう心変わりだ?
時計屋、ユリウス=モンレー。
ルールを順守する彼が、こうも簡単に異物に時計の所持を許可するだなんて。
……期待してしまう。
彼は俺の知るユリウスではないユリウスなのに。
それも仕方ないか。
ルール上俺の役割を知らないのに、彼が俺を赦してくれるだなんて。
まぁ、ここでちょっかい出して、ややこしくなるのは避けたいか。
「好き勝手しおって」
不機嫌な声が空間を震わせる。
あー、だいぶお怒りかな?
「仕事なんですよー」
視線を走らせれば、剣呑に光るビバルディの瞳。
この軸の彼女も一度監獄入っちゃったんだっけ。
なら、なおさら嫌だったかもね。
乙女心は、いや、“人”の心の機微ってのは相変わらず難しい。
「お詫びとしては、何ですが……」
一度収めた剣をひと振りする。
再び、空間の歪みが生じ、その小穴から薄紅色の花びらが溢れ出る。
それは風に流れて、ダンスホールを巡るように舞う。
その様を感嘆するようなため息があちこちから聞こえた。
「桜吹雪、ってのも乙でしょ?お姫さんに似合いの赤い薔薇もいいけど、たまには、赤を引き立てる色もいいよね」
そう尋ねれば、少しだけ俺を睨みつける眼光が和らいだ。
やっぱり、桜好きなんだ。
よかった。
一時的にでも、“気をそらす”ことができて。