The cruel game of heart
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肌で空間の揺らぎを感じた。
それはこの世界内での空間の揺らぎ。
ならば、それを行えるのは一人のみ。
僅かな空間の揺れの源へと視線を走らせれば、崩れ落ちかけたアイリ。
絨毯に彼女の身体が触れる前に白い腕がその体躯を支える。
その人物の緑の瞳は意外にも、一瞬ではあったが、大きく見開かれていた。
――夢魔、か。
異物である自分では接点を得難い、役持ち。
しかしながら、彼の評判は聞いている。
とても、好感のもてる青年であると。
この世界の住人ではない者からの話は恐らく、この世界の住人以上に彼を知り、視て、理解していたものであった。
そんな彼ならば、自分のせいでさらに不安定になってしまったであろう、異端の余所者を支えてくれる。
いや、彼女の目を隠してくれる。
真実は必ずしも、それを知る者にとって良い結果をもたらすものではないのだから。
気づかぬふりをしてもいい。
立ち止まってもいい。
彼女は少し、焦りすぎただけだ。
剣を振るいながら、そう考えを巡らせれば、最後の一人が床に突っ伏した。
外傷は控えめにしたつもりだ。
ただ、ハートの騎士が既に数人殺してしまったが。
その瞳に黒い異物を映しながら、時計屋を襲った役無し達は怯え、身体をみっともなく震わせていた。
そんな風になるくせに、時計屋を襲うだなんて。
そうまでして、何を求めたのか。
恐らく、時計屋を殺せても、求めていたものは手に入らないだろうに。
そして、求めたもののために、“ルール”に触れてしまっただなんて……。
求められたものは、決してそんなこと望んではいなかっただろう。
そんなことを考えながら、銀の煌きを一閃させる。
そうすることで出来たのは、空間の亀裂。
通常の人間であれば、感じることのできないほど微小なもの。
しかし、この国を統べ、この領土を有する、ビバルディにはバレてしまっただろう。
弁解が大変だけれど、これも“管轄”なのだから、仕方がない。
この世界に大きな影響を与えないためにと、小さく開けた亀裂から無数の茨が生じる。
「……ひっ」
自分達を取り囲むように伸びてくるそれらに、役無しの一人が小さな悲鳴を上げる。
「大丈夫。苦痛は、いや、もう何も感じなくなる」
「やめっ……、たすけ……!」
死体を含めた彼らを覆うように茨のドームが形成された。
その緑の中に、次第に青が生じる。
青い、青い、人工的な青色のような薔薇。
無数に咲き誇るそれらは、この赤い空間にとって異端でしかない。
しかし、自重することなく、青は咲き乱れる。
その存在を主張するように。
緑を、赤を侵食するように。
誰もが茫然とその光景を観ていた。
役無しも、役持ちも、白うさぎが最初に連れてきた余所者も。