The cruel game of heart
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時計屋襲撃より少し前の出来事。
ダンスホールの近くに設けられた、各所より集められた紅茶を楽しめるスペース。
そこに、ハートの国でビバルディにも劣らぬ程の紅茶狂である、帽子屋、ブラッド=デュプレとその部下はいた。
その隣には、ブラッドが用意したであろうドレスを身に纏った、余所者、アイリ。
背中や胸元、二の腕、膝から下の脚など露出の多いそれは、明らかに帽子屋屋敷の主人の趣味であろう。
白を好んで着るアイリではあるが、そのドレスは赤を基調とし、ところどころに白いレースやフリルなどの装飾が施されていた。
決して大人の女性とは言えない体躯。
エースに、男じゃないよね……?、と評されたほどの絶壁の胸元であったが、普段とは違う装いと項が露わになるほど結い上げられた金色の髪、人形のように整った容貌が何とも言えない色香を漂わせている。
あちこちから熱のこもった視線を集める彼女を横目に、ブラッドは彼女にバレないようほくそ笑む。
その頭にいつものごちゃごちゃとした、彼のトレードマークであるシルクハットは存在しないためか、そして、左の前髪を上げ、額をあらわにしているためか、いつもよりも若く見えた。
さらには、白いスーツに、クリーム色のベスト、黒い蝶ネクタイという、普段とは一線をなす、まともで、シンプルな洋装は、アイリを傍におけば、見ようによってはそういう関係にも見える。
確かに、絵になる。
そう思っていたのは、ブラッドの忠犬であるエリオットもであった。
その彼も、普段とは異なるマフィアとは思えぬ姿で、女性からの視線を集めていたが、気づくはずもなく。
橙色の、くせのある髪は後ろで束ねられ、ブラッドよりは灰色がかった白いスーツ。
その中にはグレーのシャツに、黒いベストを纏っており、首元を彩る秋色チェックのネクタイが映えている。
長年銃を扱っているためにタコができているマフィアの手を覆う黒いグローブがより、彼の印象を別人のように魅せていた。
他の構成員も、ブラッドが用意したであろうスーツやドレスに身を包み、彼らを護衛するように並んでいた。
その中に、双子がいなかったのは、常理だろう。
「ブラッド。ちょっと探検してくるね」
紅茶の風味を堪能していたブラッドに申し訳なさそうに声をかけたのはアイリだった。
ブースを回っていた彼女であったが、紅茶狂いと評せるほどに紅茶が好きではない。
どちらかといえば、紅茶と共に出るお茶菓子の方が好きであった。
「……あぁ、わかった。迷子にならないようにな」
「エースじゃないから、大丈夫」
自分を見上げてくる余所者に目を遣ったブラッドは、近くにいた構成員に声をかけた。
「念の為に、お前たち、お嬢さんについていなさい」
「かしこまりました〜」
「行きましょうか、お嬢様〜」
一組の男女の構成員。
それらはよくアイリについている者達だった。
紅茶のブースから離れていく背を、ブラッドとエリオットはしばらくの間眺めていた。
マフィアのボスの口元が笑みの形に歪んでいたことは彼自身以外知らないだろう。