心の花〜とある感傷主義者ver.
□17
1ページ/1ページ
「よぉし、練習始めるぞ。ストレッチ後、フットワークからだ」
黒子くんと銀さんの再会?は、灰崎くんの嫉妬により中断され、ようやく一軍の練習がはじまった。
ダッシュに始まり、ツーメン、スリーメン。
私たちにとっては、いつも通りの練習であっても、黒子くんにとっては初体験。
あ、ソウイウ意味じゃなくて、健全的な意味で。
体格的な面から、体力が一軍の練習に見合ってないであろうことは明白だったから、彼の様子を見ていると、顔色が非常に悪い。
あ、こりゃヤバいな。
と思って、彼の元へ駆け寄ろうとすれば、見越していたかのように、銀さんがバケツを持ってきた。
そして、やっぱりリバース。
体育館に胃内容物をぶちまける前に、銀さんの持ってきたバケツがそれを受け止めた。
青峰くんは突然の事態に慌てて、こんな事態に慣れていないらしい桃井さんは悲鳴を上げていた。
決して広いとは言えない背中を擦るの手は、常盤さんのもの。
銀さんは常盤さんに黒子くんを頼み、タオルを取りに行っている。
そんな一年生たちの姿を見て、なんとなく嫌な予感がした。
だけど、私は、“今は”気付かないふりをして、修君に一声かけてから、徐々に吐くもの出し切った黒子くんを体育館の端に寄らせ、銀さんに頼んでから、再び練習に戻った。
練習が終わり、女子更衣室に向かった一軍女子選手たち。
男子に比べて、人数が少ないため、部室は狭い。
だけど、それでも十分に余裕がある。
ロッカーにも、空間にも。
現在、帝光バスケ部には、女子選手が15人。
一軍には3人。
二年生が2人、一年が1人。
本日、テニス部の友人とファミレスに行くという同級生はいち早く更衣を済ませて、退室している。
ここにいるのは、私と常盤さんだけ。だからか、この空間を酷く広く感じてしまう。
「黒子くん、大丈夫かな?」
「あー、慣れだとは思いますよ。あいつ、結構根性あるんで、練習きつくて挫折とか、僕は考えられないです」
「そっか……。」
あぁ、まただ。
時々、常盤さんは冷めた目をする。
蔑み。
怒り。
哀しみ。
妬み。
恨み。
決して明るいとは言えない感情が彼女の中で渦まく。
だけど、黒子くんといた時に、あの嘔吐の場面では、まだ柔らかい雰囲気だった。
同族意識。
哀れみ。
安らぎ。
「ただ、黒子のバスケは新しいスタイルだって、赤司に聞いたんで、これからどうやって武器を磨いていくのかなぁっていうのは心配ですね」
不安。
その感情が彼女を満たす。
それは、同一視に近いもの。
黒子くんと常盤さん。
互いに天才には追いつくことは不可能と言えるほどの差があり、プレイスタイルは現時点のバスケ界ではイレギュラー。
「武器を磨く……」
「秋野先輩はどうやって磨いてきたんですか?先輩のPGとしてのスキルって高いですよね」
「……私は同学年の選手のおかげかな。スティールとドライブが元々得意だったから、3on3を頻繁にやって感覚を掴んだって感じかな。後は、ストバスの大会に出たりとかで、経験値をどれだけたくさん積むかっていうね」
プレイスタイルで困惑するなんていうことはルーキー時代にはよくあることだ。
特に、このままFでいきたいという常盤さんはこれから大変だろう。
いくら体力が女子の中ではトップクラスといえども、男子との差は徐々に明確になる。
つまり、フィジカルで勝負する機会が多いFでは不利になることが多々ある。
技術面に優れたFなんて大勢いる。
だけど、そんな彼らもフィジカル面は明らかに女子よりいいだろう。
それに、彼女は特に性や才能へのコンプレックスが強いように感じる。
だからこそ、不用意に修君の名前は出さないようにしている。
私の幼馴染である彼の名前は、恐らく彼女にとっての幼馴染である青峰くんや桃井さんを連想させるから。
「経験値……」
そう常盤さんが呟いてから、私はある意味大きな失態に気づいた。
「ごめん!常盤さん」
「へ?どうしたんですか!?というか着てください!!」
急に私が平身低頭した、そして、ブラのホックをつけず、スカートのチャックもせずに腰に引っかけたままの私の状態。
女子更衣室だからこそできる格好。
あ、自室でもできるわ。
修くんがいても、特に気にせずにこの前着替えてたらめちゃ怒られたなぁ。
ごめんごめん、と謝りながら、私はチャックとホックだけ止めると、再び常盤さんに向き合った。
「今度、練習試合があること知ってるよね?」
「はい。この地区で毎年ある、上位10校での交流戦ですよね」
この前の修君と、コーチの話をきちんと聞いていてくれたようだ。
いい子いい子。
「うん。
だけどね、帝光は基本、実力的には頭二つは抜けてるから、あえてシビアにするためにわざと制限付きで試合をするの。
あ、もちろん、まわりには言わないけどね。
今年の制限は“一年のみ”。
今までスタメンは上級生とローテーションで変えていたけど、今回は常盤さん達だけで戦ってもらうの。
上級生もベンチに入ってるから、万一危なくなったら交代するけど、
“もしそうなったら最悪降格も覚悟しとけよ”
、という主将のお達しでっす。
それともう一つ。
一年っていうことで、黒子くんにも6人目として出てもらうらしいよ」
その言葉に常盤さんは綺麗な眼球が零れ落ちるのではないかと、見る者に思わせるほどに、目を見開いていた。