心の花〜とある感傷主義者ver.
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それにしても……、残り1分半。
6点差で二年がリード。
この状況で、常盤さんは一度もシュートを打っていない。
プレッシャー負けということはない。
その視線から臆するようすは見られないし、ただ“勝ち”を求めている様子だ。
なのに、シュートチャンスは幾度となく巡ってきても、彼女はパスを回していく。
確か、技術テストではシュートが一本も入っていなかったっけ……。
シュート率の悪さは一年生チーム全員が把握しているからか、苛ついている様子はない。
あらかじめ、4人に伝えていたっていうのが、正しいかな。
シュート率の悪さはPFというポジションだけでなく、選手としても致命的。
それでも、その欠点を補うほどに彼女はリバウンドやドリブルが上手い。
女子としての柔軟さよりも、この時期特有の、あまり性差を感じさせないパワープレイが特徴的。
恐らく、小学生でも男子に混ざってスポーツをしていたのだろう。
そんな印象が強い。
なら、なおさら、この三年間でプレイスタイルを変えていかなければならない。
女子は男子に力や高さでは敵わない。
リバウンドみたいなパワープレイを生かすことも大事だけど、そのせいで彼女の才能を殺してしまうのだけは避けなければならない。
女子はアシストにまわりながらも、得点を重ねて、チームの勝利に貢献していく。
男子みたいなパワープレイや圧倒的なプレイでなくとも、チームが勝利を支えさえすればいい。
それを彼女が学んで、プレイスタイルを調整していかなければならない。
「……あれ?」
「ん?どうした」
なんだけど、赤司君の常盤さんに向ける視線が一瞬揺らいだ。
それが意味するのは動揺。
今まで一番落ち着いていた赤司君の初めての動揺に私は思わず、常盤さんを振り返る。
彼女は今までのように、自信に満ちた眼差しではなかった。
それでも、“勝つ”という意志は揺らいでいない。
「何か、やるみたい」
「常盤がか」
「うん。多分、赤司君からのパスで。マークお願い」
「あぁ」
修君に常盤さんのマークを頼み、私は赤司君のマークにつく。
動揺は本当に、さっきの一瞬だけで、今は細波一つ立っていない水面のように静まっている。
それでも、闘志は視えた。
ゴール下近くにいる常盤さん。
まさか……、ね。
シュート打つのかな。
成功率は今まで会った選手の中で、低い。
しかも、メンタルは強い分、その技術力の低さが目立つ。
成功率は限りなく低い。
賭けに出た?
……それにしても、リスクが高い。
外したら、リバウンドをとるのはきっと、うちのC。
紫原君もすごいけど、巧さではうちのCの方が上。
それでも、賭ける?
まだ、安全な緑間君や青峰君達にシュートは任せたほうがいいのに。
自分の弱点を知っているからこそ、今までシュートを打たなかったんじゃないの?
残り時間も少なくなって、自分もシュートを決めないとって、焦ってきた?
それを十分活躍してきた赤司君も了承した?
負けを認めた?
いや、違う。
一年生はまだ諦めていない。
まだ6点差。
残り時間はまだ1分以上ある。
赤司君がドリブルで私の左を抜こうとしたけど、それを私がスティールする。
弾かれたボールをキャッチしたのは、味方SGの前に躍り出た緑間君。
すぐに彼はそれを常盤さんに向けて投げた。
そこは3Pラインよりもセンターサークルに近かったけど、緑間君なら3Pを打てたはず。
味方のSGも隙をつかれていたから、シュートフォームに入る時間も十分あった。
常盤さんに回ったボール。
彼女の前には修君。
ドライブを警戒した修君に対して、彼女はボールを受け取ってすぐに、シュートを放った。
あのシュート率の悪さで、プレッシャーを受けながらも、ボールをもらってすぐにシュート?
とんだ豪胆の持ち主だ。
放たれたボールはボードに当たって、リングの上を走っている。
修君がリバウンドに入ろうとするのを、常盤さんがスクリーン。
入る……?
いや、長い。
ボードに当たってこんなに回るものだっけ?
常盤さんの切実な視線がボールに突き刺さっている。
徐々にゆっくりと回転するボール。
バランスを保てなくなってきたのか、不安定だ。
え、何、この焦らしプレイ。
観ている部員達も息を呑んで見守っている。長い沈黙の後に入ったボール。
歓声で体育館が震えた。
あ、なんだろう。
今は敵なのに、嬉しいな。
修君もつい常盤さんの頭撫でそうになってるし。
それを誤魔化すために頭をがしがし掻いてるけど……、傍からみれば恥ずかしい光景だよ。
本来は2点ではあるけれど、女子である常盤さんが決めたから、3点追加。
これで点差は3点。
流れに乗った一年生、緑間君が一本決めて、点差は縮まった。
残り30秒。
ここで負けてあげる気にはなれない。
一進一退の状況。
私が3点入れれば緑間君が返してくるし、他の二年生が決めれば、青峰君や紫原君達が決めてくる。
それにしても、常盤さんのシュートが成功するとは思わなかった。
けれど、成功率が1割以下のシュートは確かにただでさえ勢いのあった一年生の起爆剤になったのは事実。
今は、アシストにまわっている常盤さんだけど、たまにシュートフェイクもみせている。
実技テストでは0割だったとしても、試合中では10割だ。
それほど効果がなくとも、次もあるかもしれないと思わせている。
それも彼女の気迫につられて二年生が飛んでしまって、その隙に青峰君にパスが回り得点を刻んでいるのだけれど。
残り5秒。
同点。
空中に向けてパスを出す。
そうすれば、修君はアリウープを決めた。
点差は2点。
これをリードすれば、私達の勝ち。
一年生にして、二年生の私達にここまで健闘してくれた君達に拍手を送りたい。