キセキの始まり
□9Q
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カリカリとシャーペンを走らせる音が部屋に響く。
机に向かう少女に気づかれないように部屋に侵入した一人の男。
「おい。もう、朝だぞ。学校は…、て」
ビックゥ!!
集中のあまり、侵入者に気づいていなかった少女が背後から声をかけられ、大きく肩を震わせた。
その反応を気にすることなく、男は再び声をかける。
「熱心だな」
「ちょっ…パパ。ノックしてよ」
突然の父の出現に驚きを隠せなかった娘は呆れながら不満を零したが、また、それを意に介することなく別の論点をあげる。
「もしかして、徹夜か!?いかんぞ、美容によくない!!」
「でも、今日の相手はすごい強いのよ。やりすぎってことは…」
話をきかない父親に慣れているのか、少女は丁寧にも受け答えたが、さすがに疲労が溜まっていたのか欠伸を漏らした。
「…でも、さすがにちょっと疲れたかも…。とりあえず、シャワー浴びてくるわ」
「おい、リコ!」
席を立った娘に父は再び、声をかけた。
大きな声に何事かと振り向いた娘の前には見知った布。
「パンツ!忘れとるぞ!!」
片手に自分の下着を掲げた父親に娘は容赦なく顔面にグーパンをくらわせた。
「はよ出てけ。このエロ親父!!」
ジャー。
台所では皿を洗う流水音が満ちていた。
「おー、学校か?」
「おかえりなさい」
戸口から現れたのはスーツ姿の男性。
疲労感と眠気を隠せないといった体で彼はソファにもたれた。
「ご飯は…いらないようですね」
「あぁ……。あ、ホットミルク頼んでいいか?」
「わかりました。しばらく待っていてくださいね」
「んー。ありがとな」
すすぎ終えた皿を食器乾燥機にかけ、少女は黒いマグカップに冷蔵庫から取り出した牛乳を注ぐ。
それをレンジでチンして、父親の前に出した。
が、船を漕ぎはじめていた。
「………」
少女はふぅっと溜め息をつくと、再び台所に向かい、冷凍庫を開けた。
そして、再び転寝をしている父の背後に立ち、あるモノを背中に入れた。
「……ひにょほぉっ!?」
「ここに置いておきますね」
にっこりと笑む娘に父は顔を青ざめながら、謝罪した。
そして、背中に入った保冷剤を取り出し、学校へ向かう娘に声をかけた。
「いってらっしゃい」
「…いってきます。きちんと鍵しめてくださいね」
「はいはい」
「はいは一回ですよ」
「はー「伸ばさないでください」……はい」
渋々頷いた父に、娘は再びにっこりと笑った。
それは相変わらず黒い笑みであった。
「…忘れ物なし!行ってきまー、んっ」
な〜。
学校へ向かおうと、家を出た少年。
ふと視界に入った猫に近づいていった。
「ニャンコ〜」
チッチッ。
しゃがみこんで、手招きをするとその猫はゆっくりと近づいてきた。
そして、伸ばされていた手を…、ガブッ!
噛んだ。
「痛ったぁー!」
閑静だった住宅街に少年の悲鳴が轟いた。
がちゃがちゃと食器を洗う少年。
彼はふと、思い出したように鞄をもって玄関に向かう姉に声をかけた。
「芒。今日、試合だっけ?」
「うん。IH予選決勝リーグ一回戦」
「明後日までつづくんだ。…なら、今日から明後日まで家事、俺やるから」
突然の申し出に少女は驚いた。
母子家庭であるこの家は母親が帰ってくるのは夜遅くで、出るのは朝早く、この家の家事は姉弟が全てやっているのだ。
そして、この三日間は大会といえども、担当の家事はするつもりだった。
「え、いいの?鈴?」
「あぁ。じゃ、頑張って」
快い返事に芒は嬉しそうに笑う。
帰宅後の家事を弟に任せることで、思い切って試合に取り組め、帰宅後は次の試合のための休養に当てられる。
「ありがと!行ってきます!」
「いってら」
いつもは鉄面皮な弟の表情も、満面の笑みで家をでる姉に向けられていたものは柔らかい眼差しだった。
パシュッ…。
小学生のような少女がいたところとは別のストバスのコートのゴールネットが揺れた。
(…くねぇ!痛くねぇぞ!!)
一人でストバスをしていた長身の少年。
「…っし」
(首洗って待ってやがれ。青峰…)
何かを決意するように左手を見つめ、ぐっと握りこんだ。
(絶対勝つ)
同時刻、通学電車の中で揺られながらも、読書に勤しんでいた小柄な少年がふと、握りこぶしに視線を向けた。
電車の昇降口が開く。
電車を降りた少年は意志を決めた、硬い眼差しをしていた。