短編小説部屋

□Episode.01
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「く……ああぁ……」

 大きな欠伸をし、目を擦りながら上半身を起こす。すぐ隣では目覚まし時計が起床の時刻を大きな音で知らせてくれていた。
 昨夜は早目に就寝したはずなのに、何故か異常な程に瞼が重い。身体はまだ睡眠を必要としているが、時刻は既に七時を過ぎている。
 この家に住む者はジョルジュを含めて四人。父のザウバー、妹のララ。出身地に帰るのが面倒になり、居候をしているデイジィだ。
 父はどういった理由であれ、己が決めたルールを覆す事は滅多に無い。それは誰がいてもどんな状況でも、違反者に対してはその場で罰則を与える。今は朝食の時間が限りなく迫り、当然このまま呆けていれば階下よりザウバーの怒声が響き渡るのは火を見るよりも明らかだ。
 そんな事で他の二人に迷惑を掛けるのが申し訳無いと思い、鉛のように重い足を引きずりながら階下へと降りていった。

「お姉ちゃん、おはよう!」

 ララの元気な声が届くも、なかなか瞼が開こうとしない。自然に出てくる欠伸をそのままに、軽く手を翳して返答の代わりとした。
 彼女がリビングから直ぐに姿を消したのは朝食の準備があるから。弱冠十二歳で家事全般を賄っているのだ。ジョルジュではとても真似出来ない所業である。
 キッチンではデイジィもララの手伝いをしており、声が聞こえたので挨拶の為に顔を覗かせたが、彼女のあまりに気だるそうな姿を見て眉を顰めた。それはいつもと違う雰囲気に疑問を感じたからだ。

「おい、もしかして寝てないのか? 目の下が真っ黒だぜ」
「デイジィ、おは……く、ああぁぁ……。寝たけど……眠いんだぁ」

 ソファーに腰掛けながら再び欠伸を噛み殺す。この様子から見て、随分遅くまで夜更かししたのだと察するも、あまり疑問は感じていなかった。彼女の素行を考えれば無きにしも非ずだからだ。

「いつまでも起きてるからだろうが。一晩中ガチャガチャと物音を立てやがって……お陰でこっちは寝不足もいいとこだぜ」

 罵声を浴びせたのは言うまでも無いザウバーだ。彼は過去にたった一人で旅立ち、数多のモンスターを制した剣聖の称号を得ている。当然ながらジョルジュ同様に気配を察知する能力が備わっていた。
 昨夜は起きている時と同様に感じる気配が上下していた事を感じ取っていた。一晩中起きていれば眠いのは当然の事で、自業自得だと言葉を変えて認識させている。

「ご飯が出来たよぉー♪」

 ララの元気な声が皆を呼ぶ。テーブルには数多くの料理が並び、美味しそうな湯気や香りが立ち上っていた。
 ザウバー家のご自慢の料理。彼女の腕前は隣の宿屋へ助っ人へ行く程で、味と手際の良さは高評がある。

「いただき……くああぁぁ……まぁぁす」

 大きな欠伸をしながら両手を合わせて食べ始めるが、動きがいつもよりかなり遅い。普段ならば削岩機の如く口の中の物を噛み砕き、ブラックホールのように次々と飲み込んでいく。だが今は目を閉じながらフォークで一つ、また一つと気だるそうに口へと運んでいた。
 それを見て驚きを隠せない三人。何せ、何時もの凄まじい勢いがまるで見られないのだ。ザウバーは鼻を鳴らすに留まるも、二人は心配気に問い掛ける。
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