短編小説部屋

□Episode.02
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「な……なんでぇ、此処は……」

 気が付けばひんやりとした床に身を伏せていた。辺りを見渡すが、暗闇が全てを埋め尽くして何も見えない。否、物という物が何一つ存在していないのだ。
 つい先程までジョルジュの眠る診察室にいた。場所と状況を説明しろと言われれば細かく説明も出来るが、今居る場所を説明しろと言われれば口が開こうとはしない。

「俺は確かに診療所にいた。そしてジョルの手を握った俺はこんな場所にいる。今まで夢を見ていたのか……いや、夢じゃねぇ」

 上半身を起こしながら自身に問い掛け、現状を把握しようとしている。不思議なのは真夜中のような黒一色の中にいるはずなのに、己の姿はまるで光っているように見えている事。手を上に翳せば指の皺までもがはっきりと見えるのだ。
 冷静を取り戻すのに時間はさほど掛からないのは、今まで生き抜いてきて培ったものがあるからこそ。だが考える程に脳内の情報処理が上手く働かないのは、先ず自身に起きている事が不可解であるから。

「第一、この場所は何でぇ。何も無く、何も見え……ッ!!」

 それまで何も無かった所にザウバーの警戒網が何かを捉えた。振り返った遥か先には何者かが移動しているが、これはよく知った気配だ。しかも焦っているかのように動いているではないか。
 察知能力は過去の剣聖時代から培ったもので、間違いなぞ皆無。感じるのは紛れも無いあのジョルジュの気配なのだ。何故彼女がこの場所にいるのか、そして自身も。

「チッ、一体どうなってやがる!? 奴はベッドで眠っていた。俺はその隣にいて、気が付きゃ訳も分からねぇこんな場所にいる。そしてジョルの奴もだ!」

 考えても全く結論が出ない事に苛立ちながらも更に気配を探れば、追われているかのように必死に走っている。彼女の居場所が特定出来たならば、今は優先すべき事がある。それは気配を感じる場所へと逸早く駆け付ける事……だ。


「はぁッ、はッ、はッ」

 影の手から逃れようと彼女は必死に走っていた。足が鉛のように重いが、ここで止まってしまえば捕まってしまう。暗闇で見えないはずなのに、更に黒い手がゆっくりと確実に近づいている。

『……返せ!……王女を返せ!……返せ……王女を返せ!』
「だから何の事を言っているのよぉ! あたしは何も知らないってばぁ!」

 影の手に叫ぶように言い放つが、まるで聞こえていないかのように執拗に追いかけてくる。この手の目的は何なのか。そして不気味に放つ言葉の意味。ジョルジュには何の事かさっぱり理解出来ていない。

「……あっ!」

 ずっと走り続けてきた疲労により、足がもつれて転倒してしまった。起き上がろうとするも足が震え、腕が小刻みに震えている。今まで強いモンスターと対峙してきたが、それとは全く違う恐怖感に立ち上がる気力が奪われてしまった。
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