掌編小説部屋

□Episode.10 出会う形が違っていたら
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 時は正午に近い頃、大きな欠伸を噛み殺しながら城から出てきた人物がいた。捻り鉢巻と勘平姿が城の者ではない事を示し、厳しい威圧を纏うその人物はジョルジュの父であるザウバーであった。
 今日も自身が造った刀剣を城に納め、兵士達に剣技を教えてきた。当初は納めるだけであったのだが城の護衛兵であるデュラン隊長を始め、兵士達の武力があまりにも頼りないとの意見を提示。そして元剣聖である彼が剣術を教える事となったのが事の発端である。
 これが彼の日課であり、剣を納めた報奨金が生活費となる仕事のようなものであった。
 帰宅の途中で一軒のお店に立ち寄る。そろそろ酒が無くなる頃で、ジョルジュに使いを出しても別な物を買って帰ってくる事から自らが立ち寄ったのだ。この町は相応に規模は大きいものの、キュレソールやレッドアイのようにお店が数多く並んではいないので、一つの店が様々な品物を扱う。
 今入ったこの店も例外ではないのだが、ふと店の前に広げられた数多くの服や装飾品に目が止まる。

「なんでぇ、コイツは……」
「ザウバーさん、いらっしゃい♪ 今日初めてデカルロから入ってきた品々なんだよ! よかったらちょっと着てくれないか?」
「くだらねぇ。そんなもんより俺ぁこのどぶろくを買いに来たんでぇ」
「この服をモニターしてくれたら、そのお酒は無料にしてあげるよ! 新しい展示品の参考にしたいから是非着て欲しいんだよ。何だったら謝礼のお金も奮発するからさ」

 ピクリと震え、彼は考えた。今月は刀剣の原料である鉄や鋼を仕入れなければならない。と言う事は派手な出費があるのは火を見るよりも明らか。入ってくるお金は城からの報奨金以外には無く、ここは生活を優先すべきではないかと……。だが見慣れない服や装飾品を前に躊躇しているのが本音である。

「親父さんよ……見て分かるたぁ思うが、俺ぁもうこの年だ。こんなチャラチャラした服なんぞ合うはずもねぇ。もっと若ぇモンにでも……」
「だからいいんじゃないか! どんな年齢層でも着こなせられる服だから大丈夫だよ。それにザウバーさんはいい体躯してるから良い格好になるんだよ! ね?」
「どんな年齢層にでもねぇ……」

 広げられた服をじっと見ながら顎に指を当ててしばし考えた。こんな服はこれまで着た事がなく、いつも勘平姿に雪駄、そして捻り鉢巻が普段着である。目下にある服を自分に合わせて想像するが、全くと言って良いほど似合わないの一言。こういう人物が町を歩いていたら大笑いされるだろう。
 だが義理や人情を重んじるのがザウバーという人物。困ってる人がいれば助けるのも人情であり、謝礼金という名の褒美もある。様々な思いを天秤に掛けると、吐息混じりに首を縦にゆっくりと下げた。

「仕方ねぇ……頼まれたからにゃあ着てやらんでもねぇ。だがこれっきりだ。いいな?」
「ありがとう、ザウバーさん。恩に切るよ!」

 そして三十分後……、カジュアルなスーツ姿と皮を基調とした靴が光を妖しく反射している。深めの帽子は滅多に被らない為に一見は誰だか分からない紳士的な姿だ。
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