掌編小説部屋
□Episode.09 ショート=ショート
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『ほんの些細な事でも……』
「あーーーッ!!!」
「何だ、一体どうした?」
突如大声を上げたジョルジュに、同じ部屋にいたデイジィが驚きながら問い掛ける。見ればその表情は驚愕にも似た表情に合わせて焦りの色が入り混じり、何か大きな事でもし忘れてしまったのかと不安を感じながら改めて問い掛ける。……だが。
「トイレの水流すの……忘れちゃった」
「お前……そんな事でいちいち大声を出すんじゃない!!」
「だって忘れちゃったんだもん……」
頬を膨らませて申し訳無さそうに視線を少しだけ下げるが、そんな程度の事で心配になっていた事に思い切りうな垂れたデイジィであった。だがこの家はあのザウバーが統括しており、節度やルール等は非常に五月蝿いのである。それを良く分かっているからこそであるのだが……。
「ぐわっ!? だ、誰でぇ!? 便所の水ぁ流さなかった奴ぁーーッ!!」
階下より響いてきた怒声に、背中には凄まじい悪寒が駆け抜ける。どうやらザウバーがトイレに入ってしまったようだ。二人は部屋にいるが、妹のララは買い物に出ているので不在。となれば犯人は二階にいる二人のどちらかである事は明白であり、その怒りは当然こちらに向けられている。
「やっばぁ……。思い切り機嫌が悪いみたい」
「やれやれ。大きな雷が落ちないうちにさっさと流してこい」
犯人は分かっているのでデイジィはそのままゴロリと横になりながら手を振っている。今降りれば鉄槌が振り落とされるのは実に明解であり、痛い思いをしたくないのは誰もが思う事。
だが躊躇していては彼の怒りは更に増幅してしまうだろう。時間が無いジョルジュは打開策ではなく回避策を階下に向かって叫んだ。
「それ、デイジィが流し忘れたんだよぉ〜?」
「なにっ!?」
その言葉と同時に怒りが込められた足音が近づき、その轟音はまるで獲物を見つけたモンスターさながらだ。戸が怒声と共に勢い良く開き、眉間に皺を寄せる額には太い血管が波を打っている。表情は言うまでもなく機嫌が悪い事が明らかであった。
「デイジィ、テメェか!」
「ちょっと待て! 何であたしなんだ!?」
「ばらされて尚言い訳してんじゃねぇ! 流すモンはしっかり流しやがれ!!」
『ゴンッ!』
「いってぇーーッ!!」
頭上にはとびっきりの鉄拳が打ち込まれ、彼女は頭を押さえながらその場で蹲る。打たれた瞬間に床からも悲鳴も上がっており、足元には小さな亀裂が入っていた。その衝撃の強さを知るもう一つの見解だ。
「あ……はは。さ……災難だった……ね」
自分が喰らわなくてよかったとは思うも、予想以上の事に言葉が上手く出てこなかった。とんだ濡れ衣を着せられたデイジィは怒りに腕をぷるぷると震わせ、ジョルジュの前に仁王立ちになる。顔は笑っているものの、目は全く笑っていない。
「災難の原因は……お前だぁーーッ!!」
『ガンッ!』
「ぶぎッ!?」
ジョルジュも同様に頭へと思い切り拳骨を打ち込まれ、デイジィは鼻息を大きく鳴らしながら部屋を出て行ってしまった。
「あいったたたぁ……。ちょっとした冗談じゃないのよぉ!」
悪い事をすれば悪い事が帰ってくるのは世の道理である。その後、ちょっとした八つ当たりに壁を叩いたら簡単に穴が開いてしまい、今度はザウバーに鉄拳を入れられてしまったとさ……。