掌編小説部屋

□Episode.08 ジョルジュ 看護の女王!?
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 少し冷えた空気の中から昇り始めた太陽が暖かな日差しを差し込み、光の刺激を受けて小鳥や草木達は覚醒を促された。
 今日も平穏な一日が始まろうとしている早朝の時間帯、何時もならば鍛錬に精を出す声が聞こえるのだが……。

「ぶへっくしょえぇぇーーいっ!!」

 代わりに聞こえたのは家が揺れる程の大きなくしゃみで、朝食を作っていたララが台所から顔を覗かせる。見れば両肩を抱きながら鼻水を垂れ流しているデイジィがいた。

「デイジィさん、風邪ですか?」
「ずずっ……冗談を言うな。あたしが風邪なんて引くはずがないだろう」
「でも顔が赤くて熱が出てるみたいですよぅ。くしゃみだって……」
「たまたま鼻水やくしゃみが出……へっくしょぇーい!!」

 誰もが明らかに体調が悪い事と見受けられ、毎朝欠かさない鍛錬を休んでいる事が良い証拠である。鉄壁の防御力と免疫力を誇る彼女は産まれてから数える程度しか寝込んだ事が無く、自身もそう認めたくはないのだろう。だがやはり身体は正直なもので、力を込めようにもスルリと抜けていく脱力感に深い溜め息を吐いていた。

「でけぇ声張り上げてねぇで、さっさと布団に篭れ。その方が清々すらぁ」

 目が合うと視線を動かして部屋を出るよう無言で促す。家主であるザウバーの言葉は絶対的なものがあり、逆らえばどんな厳罰が下されるかは分からない。デイジィは諦めるように小さな吐息を零すと大人しく部屋を出て行った。
 言葉は悪いが彼なりの配慮で、彼女の状態を理解しているから。いつもにない丸く屈んだ背中を見ながら鼻を大きく鳴らす。

「デイジィさん、風邪引いちゃったんだ。どうしようかなぁ……」

 眉を下げるララは困った様子である。今日は隣のアネッザの町へソフィアとミカエルの三人で買い物に行く約束をしていた。だが病人を放って行く事は出来ないので早目にお断りの旨を伝えようとエプロンを外したその時、大きな欠伸をしながらジョルジュが降りてきた。

「ふ……ぁぁ。おはよう……って、どうしたの?」

 困っている様子を見て問い掛けると、告げられた言葉にようやく事態を理解した。鬼の霍乱があったのかと小さく笑うジョルジュだが、彼女自身も風邪で寝込んだ記憶は遠い昔の事である。部屋を覗けば気だるそうに上体を起こすデイジィ。強がってはいるものの看病が必要な状況である事は明解であった。

「そうね……、デイジィはあたしが看るから出掛けても心配ないわよ」
「お姉ちゃん、本当に大丈夫?」
「これでも看護の女王って言われた事があるような気がするから、大丈夫に決まってんじゃない♪」
「じゃ……じゃあ、お姉ちゃんにお願いしよう……かな」
「勿論! 任せてよ♪」

 何故か胸の奥が重くなるのを感じたが、看てくれる者がいる事で約束も果たせるというもの。そう思って頷いたのは良いものの、帰ってきた時の状況は……この時まだ知る由も無かった。
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