掌編小説部屋

□Episode.07 言葉と気持ちは裏腹に
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 眩い輝きを放つ太陽が沈み、日が暮れた宵闇の頃。少し冷たい風が通り過ぎ、草木達はこれから訪れる夜に備えて小さく身を屈ませた。
 ふと一角から聞き慣れた声が響く。時に笑い声が飛び交い、時に怒声混じりの唸り声までもが聞こえる賑やかな団欒がそこにあった。
 此処はミカエルが住まうアーリア教会。今宵は皆がこの場所に集まって談笑をしていた。分かり合える仲間達との楽しい時間は時の経過をつい忘れてしまいがちだが、そんな場所にいるにも関わらず先程から一言も喋らない人物がいた。
 ……デイジィだ。彼女は頬杖をついて話を聞いているばかり。見れば眉を顰めた不機嫌そうな表情で、自分からは何も話さず適当な相槌しか打っていなかった。

「デイジィ、どうしたのですか」

 何時もと違う様子にミカエルが問い掛けるが、話を振られても顔を背けて長い溜め息を吐き出すだけ。皆が集まって楽しい時間を共存しているのだから、一人逸れる事なく楽しんでほしいと切に思っているが、体調が悪ければ話は別である。そっと生気を探るも弱々しい面は感じられない。となればただ機嫌が悪いだけなのか。
 そしてその不穏な空気は他の者にも次第に伝わっていく事になる。皆の意識が彼女へと向けられているのだが、目が合うと更に横を向いてその空間から少しでも離れようとしていた。
 実の所デイジィは夕刻辺りから歯痛、所謂『虫歯』に悩まされていた。既に右の頬は腫れ上がり、常に痛みが押し寄せてくる。連日に続くタルトの食べ放題が原因なのだろうか。甘い物を食べた後はしっかりとケアしなければこうなる事は必須である。
 あまり喋りたくないのはこの所為であった。これらを隠す為に頬杖を付いているが、逆に機嫌が悪いように見える結果となってしまう。デイジィは自分の弱い所を人には見せる事はしない男気溢れる性格の持ち主で、この痛みも放っておけばそのうち消えていくだろうと思っていた。
 だが皆はそんな事情を知らないので、不機嫌としか捉えられないのも無理はない。あまりの状況に見かねたカミュが問い掛ける。皆が思う気持ちは一緒だ。

「デイジィ、どこか体調でも悪いの?」
「……別に」
「やけに不機嫌そうじゃない。何か食べたらどう?」
『歯が痛くて食べれないんだよ!』
「……食べたくない」
「でも折角なんだから、話に入ってきてもいいんじゃない?」
「……ああ」

 会話はそれきりだった。打てば響く返答が来ないので、こちらもどう返していいのか分からないのだ。

『あぁ、ちきしょう……歯が痛ぇ! 治まると思っていたが、全然変わらないじゃないか。 これじゃ約束が違うぜ!』

 誰とその約束を交わしたかは不明であるが、その思念が目尻を余計に鋭くさせる。

「ね、このお菓子は僕が作ってきたんだ。食べて欲しいかな!」

 ソフィアが自慢の手作りお菓子を差し出した。小さな小さなケーキには色彩溢れるデコレーションが施されており、味も勿論保障付きだ。ララにも負けない料理の腕前を誇るのは宿屋を営んでいる母親の手伝いによるものが大きい。
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