掌編小説部屋

□Episode.04 かけがえのない想い
1ページ/5ページ

 太陽が翳り、一帯の景色がオレンジ色に染まり始めた夕刻時。少し冷えた風がルドラの城下町を通り抜けていく。
 城下町からほんの少しだけ離れた森の側。通り抜けた風の向こう側で、ララが木の根に向かってしゃがんでいた。否、正確には木の根ではなく座して鳴いている一匹のドラゴンに向かってだ。

『ピギャー! ピギャー!』

 全体を紫色の鱗で纏い、大きな口からは小さいながらも懸命に咆哮を上げている。生え揃ってない歯は幼さを感じさせるが、成長すれば大きな岩をも噛み砕く牙になるだろう。
 母親のドラゴンとはぐれてしまったのだろうか。たった一匹で此処にいるのはおかしいとララでも容易に判断できる。まだ生まれて間もない子供のモンスターは自分でエサを確保する事など出来るはずもなく、当然このまま放っておけばどうなる事ぐらいは分かる。
 家に連れて帰りたいのも山々なのだが、父であるザウバーが許してくれるだろうか。邪心を帯びたモンスターとは違うが、やはり簡単に父が許してくれるとは思わなかった。
 安易な同情は返って辛い思いをさせてしまう。いっその事このまま放っておいた方がいいのではないかと思い、彼女は大きく長い長い溜め息を吐きながらゆっくりと立ち上がった。

「ごめんね……家に連れて行けないよぅ」
『ピギャー! ピギャー!』
「可哀想だけど……ごめんね」

 耳を押さえ、なるべく声を聞かないように自宅へと向かって走り出した。遠くなっていく鳴き声に何度も謝りながら走り続けたが、ピタリとその足を止めた。頭の中ではモンスターの鳴き声が響き、もう一人の自分がその足を止めさせたのだ。
 振り向けば遠く離れても純粋な眼で見ながら首を傾げ、助けを呼ぶ声にララの足は何時の間にかモンスターへと駆けていた。

「やっぱり……置いて行くなんて出来ないよ!」
『ピギャー! ピギュギュ…?』
「お父さんにお願いしてみるね! 飼っていいって言うまで諦めないんだから!」

 硬い鱗で覆われた身体を持ち上げると、柔らかい頬を長い舌で舐める愛想らしいモンスター。くすぐったくて、そしてちょっぴり母親になれたような気分のララだった。
 だが─。

「……バカ野郎」

 第一声はやはりと言うか、予想通りに加えて怒気混じりの返事に身体が強張ってしまい、モンスターを抱く手に力が篭る。
 許しを得るまで諦めない。そう誓った彼女は目に涙を浮かべながら、初めて父に己の意見を示した。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ