掌編小説部屋

□Episode.03 とんだ災難に見舞われて
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 時刻は朝の九時を過ぎた頃。慌しい朝の風景は通り過ぎ、今は緩やかな時間が流れていた。
 部屋の窓から町の風景を覗いているジョルジュ。外は朝からしっとりと雨が降り、元気に外に遊びにいけそうにもない天候だ。灰色の雲を見つめ、溜息を零しながら小さく毒つく。

「あーぁ、暇だなぁ……」

 退屈な時間を嫌う彼女はいつも動いていなければ気が済まず、まさに首から下を使う為に生まれてきたようなもの。これが天から授けられた使命なのだろうか。

「ソフィアの所に行こうかな!」

 隣の宿屋はソフィアの家だ。視線を少しずらして見ていると、丁度通路を歩いている姿が見える。二階の一番奥の部屋が彼女の部屋だ。
 勢いよく立ち上がると視界が歪み、身体の奥から込み上げてくる脱力感に手を机についてしまった。所謂『立ちくらみ』というもので、急に立ち上がった為に脳への血液供給が少しばかり滞って起こる現象だ。
 だがこんな事は滅多に無い。朝食は誰もが認める程にしっかりと食べている。となれば体調が芳しくないのだろうか。だが身体を捻り、軽く飛び上がっても軽快さはいつも通りだ。あまり深く考えても仕方ないので、胸の前で両手を叩くと部屋を飛び出した。
 階下へと下っている途中で一階にいたララが何か言っていたが、疾風に勝るの速さで動いていたので聞き取る事が出来なかった。手を軽く翳して颯爽と家と出ると、ソフィアの家はすぐそこだ。
 少しだけ肩に雨を感じながら家の呼び鈴を鳴らす。表は宿屋の入り口なので、裏口なら迷惑にはならない事は分かっている。
 行き慣れた家なので返事も待たないまま家の戸を開けると、ソフィアの母イワンが宿泊客に出す昼食の準備に勤しんでいた。

「おばさん、こんにちは! ソフィアいるんでしょ?」
「え、ええ。ソフィは二階に……いるけど……?」
「勝手に上がらせてもらいまぁーす!」

 幼い頃から付き合いのある家族だ。今更遠慮はなかったが、どうもイワンの様子がおかしい。ジョルジュはその事には気付かず、二階へとそのまま駆け上がって行った。
 まるで嵐が通り過ぎるように捲し立てて姿を消した彼女を見て、イワンは首を捻りながら意味深な言葉を残す。

「今の子……誰なのかしら……?」

 二階に到着し、更に奥の部屋を目指す。気配を探れば彼女がいる事が確認出来た。躊躇なく部屋の戸を開けるのも普通の工程だ。本当の姉妹のようにお互いの部屋を行き来する際に、わざわざ確認を取ることはしなかった。
 否、ソフィアは『ノックぐらいして』と言っているにも関わらず、それをしないジョルジュの性格が大きな所もあるのだが……。

「ソフィアーッ、あそぼーよ!」
「……………。」

 突然入ってきたジョルジュの姿を見て彼女の表情が一瞬で固まってしまった。丁度着替えをしている最中だったのだが、ソフィアの表情は思い切り引き攣っている。目が大きく見開き、同時に口も開いていく。赤い瞳には涙が溜まり続け、裸の胸元を衣服ですばやく隠した。
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