短編

□ヤバい扉
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我ながら、ヤバい扉を開けちゃうかな。

そんな名言を残して、逮捕された買春魔がいた。

名言なのか、迷言なのか。よくわからないが、その言葉の持つ不思議な魔力に人々の心が惹かれたのは確からしく、今朝もそれをネタに教室が盛り上がっている。

正直何番煎じかもわからないそのネタに、ノってやる必要もないだろうと思って無視して自分の席に座る。

どう考えたってナンセンスな言葉だ。だってまず、我ながら、とか。お前は何様なんだって話じゃないか。

我ながら、と言っているってことはその行為が背徳的だと自認しているのだろうが、その背徳感に悦に入っている感が気に食わない。
それに、ヤバい扉。ボキャブラリーのなさが故のヤバいなのかもしれないけど、ぶっちゃけ買春なんて地味なヤバさだ。人殺しの方がよほど華がある。まあ、人を殺す奴が今更のようにヤバい扉だなんて言いはしないだろうが。そんなことがあれば、それこそ面白いのに。

とりあえず、俺はあの言葉が嫌いだ。フワフワしていて、ウヨウヨしていて、気持ちが悪い。虫酸が走る。

背徳的な行いを、面白がっているその言葉がかんに障る。

「いっやぁー、我ながら。ヤバい扉を開けちゃうかなって感じ?」

あいつの声がした。聞きたくもない言葉を、聞きたい奴の声だから、逃さず聴いてしまう。

惰性だ、なんてくだらない。ふと泣きたくなってそれをこらえる。

「最近、どーした。元気ねーじゃん。」

帰り道、当たり前のように一緒に帰る間柄。ただそれだけで、それ以上でもそれ以下でもない。なんという儚い仲なのか。けれども俺は、そのさりげなさを重視している。

「…別に。」

自分でも、つっけんどんなのがよくわかる。

俺がどうして苛立っているのか、あいつにはわかりもしないだろう。わかられてしまっても、困ることだが。

我ながら。

ヤバい扉の前でうろうろと立ち往生をしているだけで。その扉を開けようとすれば、あいつは俺の元から離れていってしまうに違いなくて。そんな扉を開ける勇気など、俺にはなくて。

暗転。

目の前が真っ暗になって柔らかい感触が唇にぶつかる。

「……え?」

間抜けた声が、一言だけ出た。

長年求めていたソレが、たった今手に入ったというのに。

「……な、んで…?」

声が震えて、それ以上を言うことが出来ない。

脚がガクガクとして、立っているのもやっとだというのに。この馬鹿な頭の中ではくだらない考えが飛び交い信号を送りあっている。

「いや…、ほら。俺も、ヤバい扉を開けちゃおっかなって。」

似合わぬ赤面をしながら彼が言う。

馬鹿。

そう言う代わりに今度は俺から、愛しい人にキスをした。

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