短編
□だって僕らはエゴイスト
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愛なんてエゴだよ。
彼はそう言った。けれども僕にはその言葉の意味がわからなかった。愛は愛だ。それは尊いものではないにしろ、エゴイズムのような荒んだものでもないような気がした。
あの人を想う度に、僕の心はぎゅうと締め付けられる。それが叶わないものだと知りながら、僕は日々あの人に惹かれていく。自分にはどうしようもない不可抗力で、強く、強く惹かれていく。僕らが出会ったのはきっと何かの縁で、けれども僕らが結ばれないのもきっと運命のせいに違いない。
あの人の凛とした雰囲気が好きだ。自分が揺るがないところが好きだ。なんであれ受け入れようとしてくれる姿が好きだ。きっと僕が想いを告げたら、あの人は困った顔をして笑うだろう。それでも僕を受け入れてくれるだろうか。それともいつもは見せないような態度で、僕を拒絶するのだろうか。
たとえ報われなくてもいい。僕はあの人のことが好きなのだ。ただ、その事実だけで充分。そこら辺はわきまえているつもりでいる。
本当はあの人に抱きつきたい。その薄い唇にキスをしたい。そのもっと先のことだって、欲をいえばしたい。
けれども、そんなことは関係ない。僕の欲望なんてものがどんなになろうと、それはあの人に想いを告げる理由にはならない。それは、純愛であるはずだから。僕は彼のことを愛せるだけでいい。
「ねえ、僕と遊ぼうよ?」
そう言って彼に口づけされたのは、夜も深まった帰り道。頬と唇の間に、そっと軽く唇を重ねられた。
「どう、して…」
いつもの彼ではない気がした。でも、彼は紛れもなく彼だった。少し酔っていたのかもしれない。けれど、それにしたって彼にはそんなことをする理由なんてない。
「だから言ったじゃない、愛はエゴだって。」
愛されているのが心地よいのだと、彼は言った。愛されていることは心地よくて、けれども僕を愛するつもりはないのだと。今の口づけも、ただの戯れにすぎないのだと。彼は言った、凛とした笑顔を浮かべながら。
そんなことを言われているのに、僕ときたらキスをされたことが嬉しくてたまらなかった。それが戯れのキスであれ、キスはキスだ。変わりはしない。そこに愛がなくたって、それでも構わない。
ああ。
僕はわかった。彼の言う、愛はエゴだという言葉の意味が。結局は僕も彼の虚像を愛して、自分を満たしていたかっただけなのだ。叶わぬ恋に想いを馳せる、純情で健気な自分を演じたかっただけなのだ。
遊びでもいいから、彼と肌を重ねられるなら。結局僕も、欲望には勝てないのだ。自分でも馬鹿らしくなるくらいに、彼の体温を欲している。
二人して部屋について、扉をしめてすぐに玄関先でキスをした。何度も、何度も、唇を重ね合って、舌を絡め合って。僕は彼を愛するために。彼は僕に愛されるために。互いに渇きを潤すために、互いの肌に手を這わせていく。
彼の温もりに溺れていくのを感じながら、僕はこれまでにない幸福感を覚えた。僕は彼から愛されない。彼と僕が結ばれることはない。
それでもいいと思った。だって僕は、彼を愛しているのだから。それだけで僕は満たされるのだから。
切羽詰った息遣い、大きな手のひらの熱。彼は僕で遊びながら、愛されていることを思い知る。それが彼にとっての幸福なのだ。愛されること、それが彼にとっては大事なこと。
僕らの行為の理由。彼はただ愛されていることに満たされるために。僕はただ愛していることに満たされるために。互いに交わることのない目的のために肌を重ねているのである。
それ以上はいらない。それ以上は求めない。延々と繰り返される行為は、きっと互いが満ち足りたとき、なんの前触れもなく終わりを迎えるのだろう。
ああ、僕は。どうしてこんな人を愛してしまったのだろう。
そして、彼は。どうしてこんな僕に愛されてしまったのだろう。
互いの欲望のぶつけ合いは、きっといつまでも絶えないのだろう。
だって僕らはエゴイストだから。