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□午前1時の流れ星
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高校二年生の夏休み、私は母の実家へ遊びに来ていた。
丁度お盆で父の仕事が休みになる1週間お泊まりだ。
まあ、毎年来ているのだけど。
『…今夜は良く晴れ、星が良く見えるでしょう――』
お風呂から上がって髪をガシガシと拭いていたら、ふと聞こえてきた天気予報。
どうやら今夜は晴れらしい。
週間予報でもこの先一週間は晴れマークが連なっていた。
「星、かぁ…」
せっかく田舎にいるんだし星でも見てみるかと、皆が寝静まった頃こっそりと外へ出た。
玄関を出て空を見上げてみれば、なるほど星が綺麗だ。高いビルと眩しいネオンで遮られていた都会の夜空とは全く違ったそれ。
もっと拓けたところで見たい、と近くの川原を目指す。きっとあそこなら電線も無くもっと良く見えると思った。
少し時間が気になってポケットに入れてあった携帯で確認すると、午前1時を過ぎたところ。
とりあえず携帯持っていればどうにかなるだろうと安易な考えで歩を進めた。
街灯は所々点いているけど、民家の明かりは皆無と言ってもいい程。それでもあまり暗く感じないのは月明かりのお陰かな?
暗いからこそ、僅かな光でも明るく見えた。月ってこんなに明るかったんだ、私は漆黒の夜空から零れ落ちそうな星たちに吸い寄せられるように土手に辿り着いた。
川の水面に月明かりが反射して揺れている。思った通り、見上げれば視界を邪魔するものはなにもない。あるのは瞬く星と月だけ。
満天の星ってこのことか、真上に顔を上げたままその場で一回りしてみたら、少し首が痛くなった。
それでも、もう少し見ていたいと辺りを見回したけど、都合よくベンチなんてある筈もなく…
川原にでも座るかと土手を降りていたら視界の端に人影が映った。
咄嗟にポケットの携帯を握りしめたけど、よくよく見ると人影の傍らには望遠鏡が立っている。
暗さに慣れた目と月明かりのお陰で、どうやら若そうな男の人だということもわかった。
土手を降りきった私が川原独特の角の取れた丸い石を踏み鳴らすと、静寂のせいか酷く大きな音に感じた。
と、同時に20m程先にいる例の彼が覗いていた望遠鏡から顔をあげる。
きっと目が合った。私がゆっくり歩み寄る間も目は逸らされない。私も目を合わせたままだったけど、近づくにつれて彼が怪訝な表情をするので私は苦く笑った。
こんな夜中に1人で出歩いて、見知らぬ男に近づく女なんてそういないだろうし…と、ラジオの音が聞こえる彼の足元を見ていたら予想通りの質問をされた。
「…こんなところで何をしている」
「ちょっと星を見に、」
ちらと望遠鏡を見遣ってから私も同じ質問をしてみた。こんなところで何してるの、と。返ってきた答えは予想してた通りで、星を見ている、だったけど。
「女がこんな時間に1人歩きなど、感心したものではない」
「大丈夫、もう1人じゃないから」
笑いながら横目で確認すれば目を見開いてる彼。それでもすぐに望遠鏡を弄り出したので、私はその横に腰を降ろして星空を見上げた。
「星、好きなの?」
「…ああ」
望遠鏡を覗きながら答える彼の横顔は月明かりに照らされてとても綺麗だった。
「あんたも、好きなのか?」
思わず見つめていた横顔が急にこちらを向くものだから、耳許が熱くなるのを感じたけれどそれは暗闇に誤魔化して平然を装った。
「今日、好きになった」
そう答えれば彼はまた訝しげな顔をして見せたけど、今日好きになったのは本当のことだ。今まで星なんて興味なかったし。
「私が住んでる所、空が狭いんだ。星の光も街の光に邪魔されてる。星空って本当はこんなに綺麗なんだ…って今日初めて知ったから」
私が星空を見上げながら答えれば、彼がまた望遠鏡を覗くのが横目で見えた。それから少しすると、見てみろ、と声を掛けられた。
彼の方を向けば、望遠鏡から一歩離れたところで私を見下ろしていた。きっともなにも、望遠鏡を覗いてみろということだろう、と私は立ち上がってその傍に寄った。
「いいの?」
「ああ」
ゆっくり望遠鏡に顔を近づける。レンズを覗くと、私は息を飲んだ。
「星が、いっぱい…」
「それが、本当の星空だ」
肉眼で見る星空とは全然違う。星がたくさん散りばめられていて、眩しいくらい。綺麗、と無意識に声が漏れた。後ろで、そうだろう、と彼の声がした。
「ねえ、この赤い星は?」
「さそり座の、アンタレスだ」
その星はレンズのちょうど真ん中に映されていた。
その星なら肉眼でも見える、と言われてレンズから目を離した。彼が指指す南の空を見てみると、目立ってひとつ赤い星があった。
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