story.
□沖
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「なまえちゃん、」
「なに?」
最近の沖田さんは床に臥せっていることが多かった。
それでも私は枕元に座ってお話をしていた。
「これ、なまえちゃんに」
沖田さんが差し出したのは綺麗な朱の簪だった。
「くれるの?」
「うん、なまえちゃんに似合うと思って」
いつの間に用意したんだろう。
「ありがとう、でも…」
付け方がわからない、と簪を見つめていたら、沖田さんはゆっくりと起き上がった。
「ほら、貸してごらん」
沖田さんは簪を受けとると、器用に私の髪を結い上げてくれた。
手元に鏡がないからどうなってるのかはわからないけど、沖田さんが可愛いって言ってくれてなんだか恥ずかしかった。
「あ、あの、金平糖もうなくなっちゃったから私、買ってくる!」
買いだめしてあった分も、少し前に切らしていた。沖田さんは外出できなくなってしまって、それっきり買いには行けてなかった。
「いいよ、もう少し、ここにいて?」
そう言ってまた横になる沖田さん。
「ううん、ずっと傍にいるよ」
私も枕元に座り直す。
「ずっと?」
「うん、ずっと」
「じゃあさ、僕が、生まれ変わっても、また一緒にいてくれるの?」
「うん、いてあげる」
私は、生まれ変わりなんか信じてなかった。でも、私が江戸時代にいるなんて奇想天外な事実がある以上、生まれ変わりくらいあっても不思議じゃないと思えた。
「よかった」
微笑んだ沖田さんはゆっくりと瞼を閉じる。
「ねえ、なまえちゃん、迎えに来てくれたんでしょ?」
「え?」
「僕が、君を見つけやすいように」
「ふふ、そうかもね」
「なまえちゃんもさ、間違わないように、覚えておいて」
「うん」
「聞いておいて、僕の心臓の音」
沖田さんの胸にそっと耳をつければ、トクントクンと命を刻む音がした。
「ちゃんと、聞こえるよ…」
「なまえちゃん、笑って」
「…笑ってるよ」
「うそ、泣いてる」
沖田さんの手が私の頭を撫でる。私はその手をとって、握った。
大きくて温かい、沖田さんの手。
「僕が起きるまで、手、握っててくれる?」
「しょうがないなあ、もう」
「ありが、と」
ゆっくり遠ざかっていく鼓動の音。
それでも手は、離さなかった。
起きないことは、わかってる。
それでも、残る沖田さんの温もりを、もう少し感じていたいかった。
そのまましばらくして、泣き疲れていつの間にか寝てしまった。
それは、夏の始まりのことだった。
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