喫茶∫Rest:Calmly∫

□∫Antete∫
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Today's Menu ∫Antete∫
Today's Music ∫Kanon∫

今日も止むことなく雨が降り、しとしとと音を奏で続けている。
店内では、かの有名な曲が流れている。
今日も雨は休むことなく、降り続けている。

その日の私は機嫌がよかった。
数々のクラシックを聴いた私が、一番素敵だと思った曲のアレンジが流れている。
そして、目の前にいる男も、例外ではなかった。

―とても、ご機嫌ですね―
―ええ、とても―

外面的にはいつもと変わらないように見えるが、
やはり常連にはマスターのその日の気分がわかるのだろう。

―今日の曲は、パッヘルベルのカノンかな―
―ええ。正式にはKanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo
 訳しますと、3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調。と言います―

―私も好きです、カノン―
―今日はピアノアレンジがされています―

―いつになく饒舌ですね、マスター―
―そうでしょうか、そうかもしれません―

―こだわりって奴ですか―
―お恥ずかしいです―

そういってマスターは、少し笑った。
男は、あくまで笑わなかった。

―私にもありますよ、こだわり。しょうもない事でも、自分にとっては譲れないもの―
―こだわり、ですか―

―マスターは、その日の気分で曲をかける。そしてその日の気分でメニューも決める―
―それもまた、こだわりですか―

―私は、そう思いますよー
―そういった見方も、あるのかもしれませんね―

―と、いうと?―
―結局、その日の気分でしかないからですよ、私はね―

―なるほどね―
―ええ。種も仕掛けもない、ただの気まぐれです―

そして、マスターは男に言った。

―では、あなたにとってこだわりとは、一体何なのでしょう―
―私にとって、こだわりとは―

男は、一つ息をついてから

―僕を縛る、鎖。かな―

そういって、少し笑った。
マスターは、あくまで笑わなかった。

―今度は、別のアレンジも聴かせてください―
―ええ。私のこだわりの一品をおだししますよ―

―どうせ気まぐれ、でしょう―
―気まぐれにも、といったところです。 皮肉ですよ―

そのまま振り返ることなく、男は去っていった。

―いつでも、お越しくださる日をお待ちしております。迷えるアンヴィジター。
 こだわりも、気まぐれも。すべては貴方が創造するもの。
 雨音も聴こえないほど静かな今宵、あなたに幸福が訪れん事を―


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