りりぃのお部屋
□目覚めの兎
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「虎徹さんっ」
トレーニングセンターで虎徹がメニューをこなしていたその日の午後、雑誌だテレビだと単独仕事が詰め込まれていて3日ほど別行動をとっていたバーナビーが、満面の笑顔でトレーニングルームへ飛び込んできた。
「おぅバニーお疲れさん、雑誌のインタビューでなんか面白いことでもあったのか?」
雑誌のインタビューにしてもテレビの特集にしても、バーナビーはしょっちゅうのことで今更だったが、あまりにも嬉しそうな顔をしていたものだから虎徹はなんとなくそう口に出していた。
問われたバーナビーは、一瞬不思議そうな顔をしたが、笑顔のままで虎徹のすぐ前まで来ると、にっこりと目を細めてみせた。
「ええまあ、それは別に普通だったんですけど、すごい発見があったんですよ」
そう言ったバーナビーは顔を輝かせていて、まるで夏休みの子供が蝉の抜け殻でも見つけた時のような興奮のしようだった。
「発見?なんだよ、おじさんにも教えろよ」
虎徹はトレーニングの手を止めると、バーナビーに笑いかけた。
まるで、小さな子供が親に報告をしにくるようだと内心思いながら。
トレーニングマシンの前では邪魔になってしまうかなと思ったが、今は他にアントニオが向こうの方で筋トレをしているくらいだ。
ここで話し込んでも別にかまわないだろうと、虎徹が話を聞く体勢を取る。
しかし、さっそく報告をしてくると思ったバーナビーは、チラリと室内を見回した後、言いにくそうに言葉を濁した。
「ええと…今夜、うちで飲みませんか?」
話が聞こえそうなところに人はいない。同じ室内にアントニオはいるが部屋の端の方で、到底話し声が聞こえるとは思えなかった。
だが、バーナビーの視線はアントニオをとらえており、あきらかにこんなところでする話ではないらしいことがわかる。
一体なんの話だろうと思うが、滅多に見ることのない全開に嬉しそうなバーナビーの姿に、虎徹も興味をひかれた。
「んー、うまい酒ある?」
暗にイエスの答えを返すと、バーナビーはぱぁっと花が咲くように笑った。
「美味しいワインがありますよ、シャンパンも、あと焼酎も酒屋さんおすすめのを買ってあります」
用意周到すぎなくもない回答に、虎徹は苦笑した。
まあ、どちらにしても最近ご無沙汰だったから、そろそろ誘われる頃だろうとは思っていたし。
これは、すごい発見とやらを夜中じゅう聞かされるか、はたまたその後久しぶりだからとたっぷり愛されるか…
どちらにしても今夜は眠れそうにないなと、虎徹は嬉しそうなバーナビーを見ながら、早々にその日のトレーニングを切りあげることにした。
その夜、バーナビーの部屋で風呂を借りた後、酒と簡単なつまみを用意をして最初は他愛もない話をしていた。
最近、バーナビーが一人でこなした仕事の話、その間虎徹が何をしていたか、虎徹が処理した書類は大丈夫だったかというバーナビーの心配。
「んな心配するほどじゃねぇよ、おじさんだってやりゃぁできんのよ?………まあ、半分くらい突き返されたけどさ」
ぽりぽりと頭をかくと、バーナビーが楽しそうに笑った。
「やっぱり僕がチェックしないとダメですね」
「う〜〜〜…それよりバニー、発見ってのを教えろよ」
言い返せない虎徹が、むくれたように口を尖らせると、虎徹の足に絡まるようにして床に座っていたバーナビーのつむじをつついた。
バーナビーの部屋ではあるが、ここで二人きりになると、いつも1脚しかない椅子は虎徹が座ることになっている。
バーナビーはその時によって多少位置が変わるが、たいていは虎徹の足元にいた。
その日も定位置にいたバーナビーは、つつかれてああそうですねと相槌を打つと、放り投げてあった紙袋を引き寄せた。
いつもは手ぶらなバーナビーが、その日は会社からずっと見たことのない小ぶりの紙袋を抱えていた。
「いえね、発見っていうのは、ここ数日の仕事で以前虎徹さんが言っていたことが理解できたというか…」
ごそごそと袋の中をあさり、バーナビーが何かを探す。
「仕事で一緒なったカメラマンさんのお勧めを試しに見たんですけど、なるほど虎徹さんの言っていた通りで…」
「俺が言ってたことってなによ?」
なかなか話が見えてこない会話に、虎徹が痺れを切らせて袋を覗きこもうとすると、目的のものを見つけたのかバーナビーが満面の笑みで虎徹を振り向いた。
「これですっ」
虎徹の眼の前に突き出されたそれは…
「……『びちゃびちゃご奉仕美少女のおねだりナイト』ぉ?」
突き出されたそれは、あからさまなアダルトビデオのパッケージだった。
可愛らしい女の子が足をこちらに頭を向こうに横たわった構図。
M字に立てた膝の間からこちらを見つめる女の子の顔は悩ましげで、服は乱れるどころではなくほとんど半裸状態。
片手で自分の秘部を隠しているが、隠しきれずにモザイクがかかっていた。
「……これ?」
虎徹が部屋で一人で見れば、そこそこ興奮できたかもしれない。だがこれを、バーナビーに突きつけられたとなると話は別だ。
もともとこういったものは見たことがないと確か以前言っていたはずだ。しかも、一緒にビデオを借りに行った時など、うっかりそういったものを手にしようとすれば、すごい目で睨まれたあげく
『僕とのセックスだけじゃあ満足できないんですか』
等と、耳元でささやかれるのだ。
それが、そんな類のものが、どうしてこの男の手にあるのか。
「そうです、これですっ」
虎徹は、明るいバーナビーの声に、はっとして我に返った。
目を上げると、バーナビーが嬉しそうに中身をデッキにセットしているところだった。
「以前、虎徹さんが言ってたじゃないですか、男はこういうので抜くものだって」
「……あ、ああ」
話が全く飲み込めずに、虎徹は訳も分からずとりあえず相槌を打つ。
「あの時は、どうしてこんなものでって思ったんですけどね、カメラマンさんに勧められて見てみたんですけど、僕にもわかりましたよ」
「…なに、が?」
「これで自慰ができるってことですよ」
ディスクをセットし終えて振り返ったバーナビーは、まぶしいくらいの笑顔だった。
リモコンを手に、バーナビーが再び虎徹の足もとに座る。
そうして虎徹の足に手をまわしてくる様は、今までと変わりないのだが…
一連の流れをやっと理解した虎徹の顔は、奇妙に歪んでいた。
「まあ、全体的にはどうということはないんですけど、これ一か所だけたまらないところがあるんですよ」
画面に向かったまま、バーナビーはリモコンを操作して早送りをしていく。
映像を見ながらと言うよりも、カウントを見ながらという感じで、気にいったシーンが何分あたりにあるかまでしっかり覚えているらしい。
そのくらい、何度も見たということか。
いや、バーナビーならば一度で覚えそうではあるが、口ぶりからいうと、何度かは見ているのだろう。
目の前では、ものすごい速さとはいえ肌色の映像が流れているというのに、虎徹の体は映像の盛り上がりに反比例するようにどんどん冷えていった。
「あっ、ここです、虎徹さんしっかり見てくだ……虎徹さんっ?」
ある時点で映像を停止させたバーナビーは、わくわくしたように虎徹を振り返り、そしてそこで唖然として動きを止めた。
「どう…したんですか?」
驚いたバーナビーが立ち上がり、虎徹の頬をその大きな手で包み込んだ。
「へ?何がだよ」
虎徹は、さっきまであんなに嬉しそうだったバーナビーが、突然顔を曇らせたことに驚いていた。
「だって虎徹さん…なんでそんな泣きそうな顔してるんですか」
言われて、頬を優しく撫でられて、虎徹ははっとした。
自覚はなかった。だが自覚があろうとなかろうと関係ない、今はそんな顔をしている場合ではないのだ。ここは喜んでやるべきところなのだ。
「んっ、んなことねぇよ、それよりさぁバニーちゃん結構カワイイ系が好きなのな? おじさんてっきり、バニーちゃんはキレイ系が好きなんだとばっか思ってたけど…ああ、それで?好きなシーンってどんなのよ?早くおじさんにも見せて」
虎徹はひきつった笑顔を張りつかせると、何かを振り切るようにまくしたてた。
バーナビーが不審そうに虎徹を見つめたまま動かないでいるのを見ると、リモコンを奪い取ろうと手を伸ばす。
その手を、バーナビーに掴まれて体を引き寄せられた。
「可愛い系が好きって、なんのことですか?」
眉をしかめたバーナビーは、空いた方の手で虎徹の腰を抱き寄せた。
「バニーちゃん、近いっ、顔近い」
綺麗な顔をぐいと寄せられ、詰問するように問われると、虎徹はいたたまれなくなって目を逸らした。
「虎徹さんの言っていることがわかりません、それにどうしてそんな顔をしているのかもわかりません」
「それは…」
虎徹は言い淀むが、ここはへたに誤魔化すよりも多少情けなくとも正直に言った方がいいかと腹を決める。
「その、さ、バニーちゃんが女の子に目覚めたってのは喜ばしいことだと思ってんだ、ほんとだぜ? いつまでもこんなおじさん相手なんて酷い話だもんな? ちゃんと女の子を好きになって、女の子とさ…幸せになってほしいし、その第一歩を踏み出せたんだからって…ただまあ…おじさんこれでお払い箱かーって思うと、ちょっと寂しいかなぁ…なんて……あははっ」
虎徹ははははと渇いた笑いを漏らすと、バーナビーが不思議な物を見るような目で虎徹をじっと見つめた。
「ば…にぃちゃん?」
いつまでもそのままピクリともしないバーナビーに、虎徹が困ったように笑いを引っ込めた。
「つまり…今の話を要約すると……僕が女性に目覚めたので、虎徹さんを捨てる…と、そう聞こえますが?」
酷く冷静に言われ、虎徹はなんとなく背中に冷たいものが流れたような気がした。
「ええと…そ、のようなことを言いました」
「どうしてそうなるんですか?」
怒っているわけではなさそうなバーナビーだったが、心底わからないという顔で虎徹を見つめる。
腰を抱き寄せられたままの至近距離で、虎徹はすこぶる居心地が悪かった。
「だって、ソレで抜けるようになったんだろ?」
虎徹の視線の先、床にはバーナビーが放ったままのアダルトビデオのパッケージが転がっていた。
「………えっ、まさかこれで自慰ができるようになったから、これが好きになったっていうことですか?!」
「違うのかよ?」
驚いたバーナビーに、虎徹がさらに驚いた。他にどういう意味があるというのか。
理解できないと眉根を寄せる虎徹の前で、綺麗な顔が呆れ顔に変わり、大きくため息を吐いた。
「なんで僕が虎徹さん以外に欲情しないといけないんですか」
呆れ声であたりまえのように、ものすごいことをあっさり言われて、虎徹は途端に顔を赤らめた。
「だっ、だって、そういう意味にとれるじゃねぇかよ、他に何があんだよ?なんでそれで抜けるんだよ?」
恥ずかしさを隠すように、虎徹は床のパッケージを指差した。
するとバーナビーが突然、虎徹をひょいと抱え上げたかと思うと、虎徹が占領していた椅子に自ら腰かけ自分の膝の上に虎徹を座らせて腰に腕をまわした。
虎徹が身動きできないようにぎゅっと抱きしめると、片手でリモコンを操作する。
「ここ、虎徹さん、よーーーっく見てて下さいね」
そうして、停止してあったビデオの再生ボタンを押した。
『んっあっあんっ』
途端に溢れかえる女の甘い喘ぎ声。
バーナビーの家のリビングの大きなスクリーンに、女性のみだらな姿がいっぱいいっぱい映し出されている。
乱れた女性は、カメラに向かって大きく足を広げ、その体の中までも見せるかのように両手で秘部を大きく広げていた。
『んっおねがいぃ……マミのぐちょぐちょのやらしいお○ンコにぃ、太くてかたぁいおちん○んくださぁい』
女は自分の指で秘部をぐちゅぐちゅとかきまわしながら、淫猥に腰を振ってみせる。
『奥までおちん○んでいっぱいにしてぇ…ぐちょぐちょに掻き回してナカに濃いミルクちょうだぁい…おなかの中、ミルクでいっぱいにしてぇ』
ピッ
「…………」
小さな電子音とともに、映像が停止する。
虎徹は停止した画面を凝視していた。