ありすのお部屋

□拍手(〜20111204)
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「……っ」

頬に走った、微かな痛みにバーナビーがそっと眉をひそめる。

「あーあ、まぁた引っかかれたのか?お前、嫌われてるよなぁ」

軽く笑いながら、動物は人の善悪を正確に見抜くっていうし……と言って、可笑しそうに虎徹は肩を揺らした。

「俺にはこーんなにいい子なのに……なあ?」

なぁ……。

返事をするように小さく一声鳴いて、くるくると茶色に湿った目を光らせて、黒く長いしっぽをぱたぱたさせる。
シャム猫のように黒い顔と、黒い手足。
だが細身のシャムよりも、むくむくとしたアッシュブラウンの毛は長毛種に近い。

休日の朝の惰眠を貪っていたバーナビーと虎徹の上に、突然猫が飛び乗ってきて、そしてバーナビーの頬を軽く引っかいて、虎徹の足元に座りこみ、今は澄ました顔でペロペロと前足と体を舐めていた。

「ほら、な。返事もちゃーんとするんだぞ。なあ、猫ちゃん?」

なあ。
もう一度呼び声に合わせて鳴き、猫は嬉しそうにしっぽをパタパタさせた。

「こいつは、どこかの誰かさんと違って、素直だし、良い子だし、ほーんと可愛いよなぁ」

みゃあ!
人恋しい猫は、ぱたぱたとしっぽを振り、優雅な仕草で虎徹の顔へと近づいて。
そして鼻先を虎徹の顔に寄せ、その顎と鼻の頭をペロペロと舐め始めた。

「う、ひゃっあ。お……おい……わかった、わかったよっ……」

猫のざらざらとした小さい舌が、虎徹の顔をザラリと舐める。

「いい子だから……やめろって……」

猫は尚も甘えたい仕草で、ぺろぺろと虎徹の鼻を舐め、小さな額を虎徹の顎の下へと摺り寄せた。

「……はい、はい。後で遊んでやるから、ちょっとだけ一人で遊んでな」

虎徹はベッドから体を起こすと、体の大きさの割りには甘えたがりな猫を抱き、ベッドから降ろした。
邪魔にされた猫は、くるくると湿った大きな瞳で、なぁ……ともう一度鳴いて、カリカリと爪でシーツを何度かひっかき、しっぽをピンと立てて、気まぐれな仕草で寝室を歩いていった。

虎徹の住むアパートの一軒おいた隣に住む女性から、旅行中の期間だけということで、猫を預かってすでに五日目。
すっかり我が家のような顔で、猫は自由気ままにふるまっていた。

「あ……、何、すねてんだよ、バニーちゃん」

隣で横になりながら、虎徹の姿をじっと見つめていたバーナビーの瞳に、虎徹は可笑しそうに笑ってみせた。

「別にすねてなんて、いないですよ」

すねてないという割りには、憮然とした顔でバーナビーが答える。

「別に……じゃないだろ?」

虎徹は笑いながら、まだ赤く生々しいバーナビーの左頬に走ったひっかき傷に、指先を滑らせた。

「あーあーあー……顔だけが取り柄なのに、傷つくっちゃって」

かわいそうに……。

そう言って、虎徹も猫のような仕草で、バーナビーの赤い傷にペロリと舌を這わせた。
僅かに血が滲んでいたせいか、舌の上に錆びくさい味が広がる。

「……っ。失礼ですね、顔だけだなんて。僕が取り柄だらけなのは、おじさんがよく知っているでしょう?」
「はいはい、そうですね、バニーちゃんは、本当に、すごいすごい」

まるで駄々っこをあやす口調で、虎徹は軽く笑った。
すっかりご機嫌を損ねたバーナビーが、むくれる表情が可愛くて。
つい、悪戯心が動いた。

「なあ、慰めて……やろうか?」

そのまま、虎徹はバーナビーの口唇の上にそろりと舌を這わせて。
軽く、口唇を合わせる。

「……慰めてくれるんですか?」

軽く、バーナビーも笑い。
シーツから裸の腕を出して、バーナビーは虎徹の首へと腕を回した。
まだ昨日の余韻が、たっぷりと残る白い朝。
バーナビーの動きに合わせるように、虎徹もするりとシーツの中へともぐりこみ、バーナビーの胸の上へ、裸の胸を合わせた。

キスをして、抱きしめて。
こんな単純なことで、どうしてこんなにも体が熱くなるのか。

指先をつなぎ、頬を寄せて。
二人の体温を、高めあう。
予定のない休日と、平和な白い朝と、甘えん坊の猫と、そして軽いキス。

「……ん……ぁ……バニーも……猫、飼ってみたらいいんじゃねぇか……?」

首と鎖骨にキスをされて、くすぐったさに肩をそびやかしながら、虎徹は囁くようにバーナビーの耳元へと囁いた。

「そしたら……バニーにも懐くかも……」

微かに声をあげ、虎徹は細かく体をふるわせる。
そんな虎徹の耳元へ、バーナビーも口唇を寄せて、軽く笑った。

「……もう、一匹、飼ってますし、十分です」
「……ぁ……猫、飼ってたっけ?」

くぅと、猫のように気持ちよさげに喉を鳴らし。
虎徹はしっぽのように、ぱさぱさと髪をふる。

「その猫は、もっと性悪です……。なにしろ、僕の背中に爪をたてるんですから……」
「……!おまっ……ばっか、やろ……」

意味ありげなバーナビーの台詞に、虎徹は顔を僅かに赤らめ。
バーナビーの背中に甘く腕を回し、カリリと爪を立てて。
虎徹は甘える猫の仕草で、バーナビーの鼻の頭をぺろりと舐めた。
毛並みのよい上質の毛皮のような、滑らかな虎徹の肌に手を滑らせて、ゆっくりと抱きしめる。



日当たりのよい窓際で、猫は大きなあくびをした。
何度かペロペロと毛並みを整えてから、うーんと大きく伸びをして。
そして人恋しい猫は、ベッドの中で、疲れたように眠る二人の足元にころんとすわり。
やがて、丸くなって、くぅ……と軽い寝息をたてた。

-END-

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