ありすのお部屋

□ハロウィンバースディ
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玄関の扉を開け、そのままリビングに入ったバーナビーは、中の様子を素早く見てとると、形の良い眉を僅かにひそめた。
「あーっ、バニぃぃ、いよぅ、おかえり……ひっく……」 
すっかりろれつの回らぬ声で、滑らかな革張りのソファから体を起こすと、虎徹はバーナビーのもとへとふらふらとしながらも、嬉しそうにかけよった。
ソファの背後に置かれている、ダイニングテーブルの上には、華奢なシャンパングラスに注がれた、まるで真珠を溶かしこんだ色を思わせる綺麗な液体が、柔らかなオレンジの光の中でキラリと光っている。
「……お前の帰りが遅いから……ひっく……俺、心配しただろっ」
普段とは違い、妙な積極的な態度で、バーナビーの胸に寄り添い、虎徹はぷうと拗ねた顔をみせた。
虎徹よりも若干長身のバーナビーを、ちょっと背伸びして見上げる虎徹の喉のラインが顕わになり、妙に艶かしい。
「ずいぶん、ご機嫌ですね……虎徹さん」
虎徹からむっと香るほどの酒の匂いを感じとり、バーナビーは軽くため息をついた。
「昼間、何してたんですか?」
若干、不機嫌さが含まれた声で、バーナビーは虎徹を見下ろした。
普段は柔和ながらも端正で整ったバーナビーの顔が、僅かに固くなっている。
「お前が……誕生日に、仕事だっていうから……帰ってきたらぱーっとやろうって、ネイサンと、アントニオと……あーっと、折紙と、スカイハイとか、みんな集まってたんだよ……ひっく……」
虎徹はなんだかすごく嬉しそうに指折り数えながら、記憶をたどっている。
「誕生日と、あと、ついでにハロウィンパーティもしちゃえって……ひっく……」
「はあ……なるほど」
バーナビーは、眉間に皺を寄せた。
 なんだかんだと、お祭り好きな彼らのことだ。
 人の誕生日にかこつけて、結局、自分達で派手に騒いで、疲れて帰ってしまったのか。
それにしても。
すっかりいい気分で出来上がっている虎徹もだが、この部屋の変わりようはすごいものがあった。
一週間前、バーナビーが仕事に出かける前のリビングの状況から……一変している。
リビングのあちらこちらに、かぼちゃや、デフォルメされた蝙蝠などのミニチュアがあちらこちらに無造作にディスプレイされていた。
部屋の中央には、これまたどうやって運んだのかわからないくらい、大きな大きな黒い三角帽子をかぶった、魔女のようなぬいぐるみが立てられている。
その枝々には、キラキラと光るクリスタルで出来た星や、黒や金色のモール。
かぼちゃを抱いた可愛らしい人形や、かぼちゃの帽子をかぶったテディベアなどが飾りつけられて。
そしてダイニングテーブルの上には、バスケットに盛られた食べかけが散らばる美味しそうなフライドチキンや、白いレースペーパーに乗せられた、これもまた食べかけである大きなパンプキンパイ。
そしてボールに溢れるばかりに作られたアボカドのサラダに、コールスローサラダ。
テーブルの下には、シャンパンの殻壜が何本か乱雑に転がっている。
ちょっとしたパーティ会場になったような、雑然とした雰囲気だ。
そして、たった一人きりの主役は───姿こそは普段と同じ水色のシンプルなシャツに、ジーンズという姿ではあるが、頭には普段の帽子とはまったく違う、おどけたような魔女をきどった三角帽子が被せられている。
オレンジの柔らかな光の中で、そうしたディスプレイに囲まれた虎徹の姿は、妙に非現実的な光景だった。
「想像はつくけど……どれくらい飲んだんですか?虎徹さん」
バーナビーの問いかけに、どれくらい、だろうなぁ……?と、おかしそうに笑いを漏らし、また子猫のような仕草で、バーナビーへと甘えた。
すっかり、気分のいい酔っ払いだ。
「俺、ハロウィンパーティって初めてでさぁ……楽しかったんだよぉ」
「ハロウィン……ねぇ」
バーナビーは、ひっそりと眉を寄せる。
そういえば、そんな時期だったのか。
あまりイベント事に敏感なほうではないので、そんな時期であることもすっかり忘れていた。
「しかも、お前、誕生日、だろぉ?」
楽しそうに虎徹は笑い、バーナビーの胸にごろごろと頬をすりよせる。
「ネイサン達が、お前にプレゼントだって……」
 虎徹はそういって、床に転がっていたギフトラッピングされた箱を指差した。
「開けてみようぜ、バニー」 
 虎徹はバーナビーから離れて、床に転がっている箱を拾い上げる。
 それをテーブルの上にのせて、バーナビーを手招きする。
 バーナビーはちょっと肩をすくめ、ビリビリとギフトラッピングされた箱を開いた。
「……これ……?」
 そしてその中のものを見つめ、虎徹は一瞬絶句する。
まるでそれまでのほろ酔いが、すっかり冷めたような声を発した。
「……おいおい……あいつら、きついぜ……」
その中には、白く透ける綺麗なレースがふんだんにあしらわれた、高級そうなエプロンが綺麗に折りたたまれて入っていた。
「……バニーちゃんが、着るの?」
このプレゼントを渡された時、全員が何か含むように笑っていたのを、虎徹は思い出していた。
肌触りの良い白いエプロンを手に持って、虎徹は乾いた笑いをたてた。
隣でそれを見ていたバーナビーが、うっすらと笑いを浮かべる。
「虎徹さんが、着てください」
「は?」
「着てくれますよね?……虎徹さん」
「……はあ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、バーナビーは虎徹の手からエプロンを素早く奪い取った。 
「……折角のプレゼントですからね。虎徹さんが着てください」
何やら嫌な予感に囚われ、虎徹はバーナビーから逃げようとする。
が、それよりも一瞬早くバーナビーは虎徹の腕を掴むと、虎徹の腕をひっぱりソファの上に押し倒した。
「……な……バニー……ッ!」
「大人しくしていてください……」
バーナビーは手早く虎徹のシャツをたくしあげ、じたばたとする虎徹の腕を押さえつけながら、器用に脱がせた。
「……まさか……お前……ちょっと……やめッ……」
嫌な予感に尚も体をよじる虎徹を、体重をかけ体を押さえこみながらバーナビーは手早く虎徹のジーンズを緩め、そして腕を押さつけながらそれも両足から取り去った。
「……やめろって……バニー……マジ……かよッ……?」
すっかり全裸にさせられた虎徹に、バーナビーは先ほど虎徹から奪い取ったエプロンを手早く身につけさせる。
うっとりとするくらい見事な手際で、バーナビーは虎徹の素肌へ直接、白いレースのエプロンを身につけさせた。
「まじかよ……お前って悪趣味……信じらんね……」
オレンジ色の光りの中で、素肌に真っ白なレースエプロンだけを身につけた虎徹が、ソファから身を起こす。
「こんなものを俺につけて、楽しいのか……?」
虎徹はブツブツ文句をいいながらも、しかしずいぶんと早く諦めたのか、ぐしゃぐしゃになったレースエプロンの裾をきちんと伸ばし、腰のリボンを締めなおした。
例えこんな冗談のような品物とはいえ。
それでも、仲間達からのバーナビーへの贈り物なのだ。
虎徹は真っ白なレースエプロンを、綺麗に着なおした。
開き直りの良さと、諦めの良さだけは、ヒーロー達のなかで一番かもしれない。
「なかなか……悪くない趣味ですね」
笑いを押さえたように低くバーナビーは呟き、虎徹の姿を眺める。
素肌に、美しい光沢を放つレースのエプロン。 
 それは普段の虎徹からは、想像できない姿ではあるが、こうしてみるとまんざらでもない。
素肌に直接レースエプロンを身につけた姿は、なんともいえぬエロティックな姿だった。
「……あんまり、じろじろ見るなよ」
「いえ、意外と似合っていて……」
「ばか……女じゃねぇし、似合うか、こんなの……」
 虎徹は横を向いて、不機嫌そうな顔をした。 
「こういうのは……お前が一緒に映画に出た女優とかが、似合うんだろ……」
「虎徹さん……?」
 いきなり不機嫌になった虎徹に、バーナビーが首をかしげる。
「……いいって……わかってるんだよ、俺も……お前が忙しいとか、いろんなこと……」
 虎徹は下を向きながら、ぽつりぽつりと呟く。
「……わかってるんだよ……お前の場合……テレビの仕事だって……ヒーローとして……大切な、仕事だって……」
二部として復活した虎徹と、再びヒーローを始めたバーナビーは、今年の初めから同居を始めた。
 二部では収入もまだ安定しないし、せめて家賃負担くらい折半しませんか、と提案してきたバーナビーに、虎徹はあっさりと受け入れた。
 そして、一緒に暮らし始めた二人は、まるで必然のように体の関係を結び。
『それって、同居じゃなくって、同棲じゃないの?』
 などとネイサンにはからかわれる日々であるが、二人は今、恋人同士として毎日を楽しんでいた。
 だが、もともと美形ヒーローとして人気のあったバーナビーは、すぐに再びモデルなどの芸能方面の仕事が多くなり、ここしばらくはすれ違いの日々である。
 しかも、今回の仕事は、大女優との競演の映画出演である。
 映画はまさにヒーローものを扱った作品で、バーナビーはメインの役柄ではないものの、ヒロインを影ながら助けるヒーロー役として、重要な役割をもらっていた。
 撮影に一週間、缶詰状態になり、二人が会うのは一週間ぶりになる。
「……仕事だって、わかってるけどよ……」
うっすらと赤く上気した頬。
濡れた色の、大きな瞳。
いつでもバーナビーを誘いこむ、しなやかな体。
 虎徹はバーナビーへと近づき、ぎゅっと抱きしめた。
子猫の仕草で抱きついてくる虎徹の背中を、バーナビーは柔らかに抱きしめる。
「お前……あの女優から狙われてるみたいだったし……俺、不安で……」
「何、いってるんですか?」
 確かに、主役の女優から、かなりのアプローチがあったのは本当だった。
 しかし、虎徹という恋人がいて、どうしてバーナビーの心が動くのか。
「……あなた、僕を疑ってたんですか……?」
「ち、ちが……っ」
きゅっと、バーナビーのスーツを掴んで。
虎徹は甘える仕草で、バーナビーの胸へと顔を柔らかに寄せた。
「バニーちゃんが、そんなことしないの、わかってるって……だけどよ……俺だって、不安に、なることも、あんだよっ!」
 ぎゅっと、背中を強く抱きしめられる。
「虎徹さん……」
バーナビーは柔らかに笑い、虎徹の背中を柔らかに抱き寄せた。
「やきもち、やいてくれたんですか……ちょっと感動しました、僕」
「ば……かやろっ……」
頬を染めながら、虎徹は瞳を伏せた。
くすりと笑い、バーナビーは虎徹の耳朶に柔らかく口唇を寄せた。
そのまま、するりと抱き寄せていた虎徹の背中に、手のひらをゆっくりとはわせる。
「ひゃ……」
「虎徹さん……可愛い……」
虎徹の髪に、口唇をよせてバーナビーは軽く笑い。
「……あ」
素早く虎徹の膝に左手を差し入れて、虎徹をき上げた。
「お、おい、バニー……」
そのまま、リビングの奥にある寝室へとバーナビーは向かう。
ドアを開けて明かりをつけると、そのまま寝室を進み、クィーンサイズのベッドの上に虎徹を優しく降ろした。
ギシリ……と、虎徹の体重を受けて、ベッドのスプリングがきしんだ。
バーナビーはスーツの上着を脱ぐと、ベッドの側においてある椅子の背にかけて、きっちりと閉められていたネクタイを人差し指で緩めた。
虎徹の上に柔らかく重なると、二人分の体重を受け、軽くベッドのスプリングがきしむ。
「バニー……」
「僕も参加してもいいですよね、ハロウィンパーティ」
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