ありすのお部屋

□童貞・も・の・が・た・り
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『前略

わたくしこと、鏑木・T・虎徹と、バーナビー・ブルックス・Jrの二人は、結婚いたしました。
病める時も、健やかなる時も、互いを助け合い、生きていこうと、互いに決意した上での結果です。
どうか、暖かい目で二人を見守って頂けると幸いです。
お世話になりました皆様方におかれましては、近くにいらした際には、是非お気軽に新居へ遊びに来て下さい。
尚、その時には贅沢は言いませんが、是非焼酎の美味しい銘柄をよろしくお願いいたします。

鏑木・T・虎徹 バーナビー・ブルックス・Jr』



☆☆☆



「……それで」

香り高い紅茶がたっぷりと注がれたカップを、しなやかな長い指で持ちながら、ピンクのルージュがひかれた口唇に熱い紅茶を一口含み、ネイサンは艶やかに微笑んだ。

「最初あんた達が、結婚するっていった時は、腰が抜けるんじゃないかしらってくらいびっくりしたけど、あれからうまくやってんの?」
「いやぁ、あん時は、ネイサンにもいろいろと迷惑かけちまって、悪かったよ」

虎徹は、ネイサンの向かい側に腰掛けて、こちらはブランデーをちょっとたらした紅茶を飲みながら、へへへとあどけなく笑った。

NEXTとしての能力を失い、虎徹はヒーローを引退した。
まだ能力の制御も知らなかった幼い頃には、何度も失ってしまえばいいと、恨みさえした能力であるが、能力が必要不可欠となった途端、あっさりと奪うなんて、神は時になんと残酷で、気紛れなことを強いるのものなのか。
しかし、失われたものをいつまでも嘆いていても仕方がないこと。
能力がなくても、立派な五体がある。
それだけでも、幸せなことではないのだろうか。
覆水盆に返らず。
It is no use crying over spilt milk.
虎徹は、潔く、ヒーローを引退することを決意した。

もちろん、ヒーローを引退する時には、虎徹自身、かなり色々なことが起こった。
まず一番は、アポロンメディアとの契約の件である。
多くの賠償金を抱える虎徹であるが、ヒーローとして広告塔となることが条件で、大部分をアポロンメディアが負担していたのだ。
その契約が白紙に戻るということで、一般市民には考えられない額が、虎徹へと請求されることになった。
無論、そうした虎徹の窮地を、ヒーロー仲間達が見過ごすことはなかった。
まず、賠償金の支払いを肩代わりすることを名乗りでたのは、ヘリオスエナジーのオーナーである、ネイサン・シーモアである。
ちょっとした小国の国家予算に匹敵すると影の噂さえあるほどの個人資産を所有するネイサンだからこそ、多額の賠償金の肩代わりを申し入れ、ある時払いの督促なし、無期限無利息という破格な条件を申し入れたのだった。

『そうね、そんな破格の条件じゃあ、あんたが気にしちゃうかも知れないから、時々、ちょっとお尻を触らせてくれるならいいわよ』

そう笑いながら提案してくれたネイサンの言葉を、虎徹は胸が熱くなりながらも、丁寧に辞退したのだ。

『悪いな、ネイサン……気持ちだけ、ありがたく受け取っておくよ。……実は俺、バニーと、結婚することにしたんだ。……あいつと、時間をかけて、ゆっくりと返済していくつもりなんだ』
『なん、ですってぇぇぇ!』

虎徹はその時の様子を、酒を飲みながら、親友であるアントニオにこう語っている。

『俺、人が腰を抜かした姿を初めてみたぜ……本当にあるんだな、ああいうのって』

ネイサンが腰を抜かすほど、虎徹とバーナビーとの結婚という事実は、まさに青天の霹靂、ということで世間を騒がせた。

シュテルンビルトでは、同姓婚が認められている。
法的には、同姓の二人が婚姻を結ぶこと自体、何の問題はなかったが、片や子持ちの中年、片や人気ナンバーワンKOHであり、シュテインビルトの女性が憧れてやまないバーナビーなのだ。
周囲は阿鼻叫喚の騒ぎとなったのは、言うまでもない。

これに早速目をつけたのは、視聴率の鬼、アニエス・ジュベールである。
二人の挙式を、独占で番組にするならば。
虎徹に課せられた多額の賠償金は、白紙に戻すという好条件をつきつけたのだ。
本来であれば、オリエンタルタウンで、ひっそりと身内だけで、と考えた虎徹に、最初は抵抗があった。
しかし、現実的ではない賠償金の額に、万が一自分たちにもしものことがあった場合、残された愛娘である楓に、迷惑をかけるかもしれない。
そんな思いも手伝い、バーナビーも番組で挙式することを快諾し、アポロンメディアプロデュースの挙式を、大変不本意ではあるが、にぎにぎしく執り行ったのだ。

その時、全世界独占番組で執り行われた挙式については、タイガーは記憶から抹消したいと心底思っている。
もしできることならば、マーベリックに土下座してでも、記憶を書き換えてもらいたい、思うほどに。

二人の馴れ初めの映像から始まり、ヒーロースーツ挙式ヴァージョンでの、アトラクションさながらの空中ケーキカットに始まり、一体、これはどこのミュージカルショーだと見まごうばかりの、派手な演出が続く苦痛の二時間。
田舎暮らしが長い虎徹の母と、兄は、ただ、ただ、ど派手な挙式に苦笑していたが、楓がそうした演出を面白がり、喜んでいたことだけがせめてもの救いだった。

「つい三ヶ月くらい前のことなのに、なんだか一昔前のことみたいね。あの挙式、今思い出すだけでも……」
「あーーっ、もう、ほんと、その話だけは勘弁してくれよ。俺も思い出すのが、辛い……」

ネイサンの言葉を虎徹が即効さえぎり、苦笑した。
虎徹のそうした気持ちは理解できるので、ネイサンはそれ以上言うことはやめて、また一口紅茶を飲んだ。

「それで楓ちゃん……だったかしら?娘さんは、まだこっちへ来ないの?」
「ああ、学校もあるしな。……転校は、嫌だって言うんだよ。だから、まだこっちの生活も落ち着いてないし、時期を見てからにすることにしたんだ」

棚に飾られた、たくさんの写真の中で、バーナビーと虎徹に挟まれて、嬉しそうな笑顔の楓の写真へと視線を向けて、虎徹は微笑んだ。

「あと数年したら、楓をハイスクールへ進ませなきゃいけないしな。そしたらオリエンタルタウンより、こっちのほうがいいだろうから、楓を迎えるのはそれからかな」
「ふぅん」

ネイサンはしたり顔で、ニ、三回、深くうなずいた。

「まあ、新婚生活をねぇ……邪魔しちゃうのも、気が引けるものね。娘さん、子供の割りには、気がきくじゃないのよ」
「……は?」

虎徹は、怪訝そうに聞き返すと、ネイサンはほんのりと顔を赤らめて、くねくねと体をひねった。

「ん、もう、いやねぇ、そんなこと、アタシの口から言わすなんてっ!」
「あ、いや、なんの話……?」

真剣な口調で、虎徹が返すので、ネイサンはぐいと身を乗り出して、うふふふ、と低く笑った。

「で、どうなのよ、あのハンサム。やっぱり夜もすごいの?テクは?大きさは?形はっ!色はっ!臭いはっ!ああああー、気になるわっ!」

好奇心に瞳をきらきらとさせながら、ネイサンは虎徹へと詰め寄った。

「あ、あー……いや……その……」
「んもうっ、出し惜しみしてるんじゃないわよっ。大体、アタシがわざわざ寄ったのも、これが聞きたかったんだからっ。いっちゃいなさいよ、白状しちゃいなさいよ。どうなの?もう、毎晩大変?気になるわぁ」

瞳をらんらんと輝かせ、虎徹に詰め寄るネイサンに、虎徹はあーとか、うーとか、何回か呻いて、そして深い、深いため息をついた。

「あ、のさ……ネイサン。その、こういったことは、ネイサンのほうが詳しいんじゃないかと思ってさ。ちょっと聞きたいんだけど」
「なによ、なによ、もったいぶってんじゃないわよっ!早く言いなさいよっ!」

らんらんではなく、すでにギンギンのまなざしのネイサンは、じれったそうに体をくねらせた。

「あー、あの、その、男同士でも、やっぱり、普通、やる、よな?」
「ヤるって、なによ、セックスのこと……」
「ああああああああ、ちょいまち、恥ずかしいから、その単語はやめてっ!」

虎徹はまるで少女のように、顔を両手で覆った。

「何、ぶってんのよ、気持ち悪いわねぇ。当たり前じゃない、男女だろうと、女同士だろうと、男同士だろうと、愛し合ったら、それなりの行為が発生するにきまってるじゃないのよ」

すごい外見ではあるが、人一倍、人の心を読むに長けるネイサンは、虎徹の嫌がる言葉をあえて濁した。

「そう、だよなぁ……」

虎徹は、また深いため息をついた。

「まさか」
「……その……あの……」

「まさか、あんた」
ネイサンは、虎徹にぐいと詰め寄る。

「まさか初夜が、まだ……なんてことはないわよね?」
「しょ、初夜とか、言うなよっ!」

虎徹は再び、両手で顔を覆った。
まるで、乙女かっ!と突っ込みたくなるような仕草だ。

「信じらんない、あんた達……やることやってないの?本当に?ありえないわっ!」
「そんなに、ストレートに言うなよっ!頼むってっ!」

虎徹は、今にも泣き出しそうな声で、そう叫んだ。
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